第4話『アメリア』

 

 神聖王国セブールの聖都セブンスヘブンより東にある古城。かつては小国があったとかないとか。

 その古城の主は邪神アルテミスの使徒と、勇者一行だ。


 今では、勇者リュウタロウ、スピカ、マリー、レグルス、アルゴ、リズ、アメリア、ユリア、マミヤ、リン。更に三人の幼児。大所帯である。

 とはいえ、城なので窮屈な思いもせずに済んでいる。


 そんなメンバーが一同に顔を揃えたリビングで、皆の注目を集めているのは、盲目の女性アメリアだ。

 彼女は、貴族出身であったが、御家は取り潰しになり、ファミリア王国から追放された挙句、一家離散の上、奴隷として売り飛ばされた。


 売り飛ばされた国は今は崩壊したローゼン帝国であったが、革命のついでにリュウタロウが貴族の屋敷にあった地下牢から救出した。

 アメリアを奴隷にしていた貴族は既に革命軍により、粛清されているため、所有者死亡で奴隷ではなくなった。


 だが、所有者だった貴族にはかなり酷い扱いをされていたらしく、眼球をえぐり取られていたためにスピカの回復魔法でも治療出来ず、北の大陸に向かい、アルテミス城の宝物殿から完全回復薬フルポーションを持ち帰ったのであった。


 リュウタロウはアメリアを大切にしていた。

 盲目ではあるが、元侯爵令嬢であり、容姿もそれなりに良く、美しい部類に入る。

 スピカの美しさとは全く違うのではあるが、アメリアもリュウタロウには優しい。勇者と言う立場を抜きにして接してくれる唯一の存在だ。


 高貴な人間を意のままに従わせる優越感と、アメリアの持つ、隠し財産が目当てではあるが、他の女達より好きではある。むしろ愛してる。財産とセットで。

 更に言えば、リュウタロウは自分よりも優れている人間が嫌いだ。

 まだ学校に通っていた頃、学校には、勉強の出来る奴、運動神経の高い奴、コミュ力の高い奴、容姿が良い奴、どれもリュウタロウは劣っていた。

 そんな彼らを勝手に憎み、孤立して行った。

 アメリアは自分よりも劣っている。だから好き。

 酷い思考である。


 完全回復薬フルポーション。精製方法は謎であり、市場には出回らない希少な回復薬だ。

 売ればきっと遊んで暮らせる程であろう。そんな希少で高価な回復薬をアメリアに使う。どうかしてるとしか、思えないリュウタロウだった。


「なぁ……」

「却下です」


 リュウタロウが発すると、スピカがリュウタロウの考えなど分かるとばかりに即答した。


「まだ何も言ってないじゃないか!」

「分かりますよ!どうせ回復薬を売ってお金に変えようと言うつもりですよね?」


「フンっ!勝手にしろ!」


 リュウタロウが危惧しているのは別にあった。

 目が見える様になってしまったら、アメリアが自分から離れてしまうのではないかと言う不安。

 リュウタロウは容姿には自信がないのだ。勇者の立場と魅了スキルで女を食い物にして来たが、今のパーティメンバーがよろしくない。

 皆、容姿が良すぎるのだ。レグルスにアルゴはムカつく程に整った顔立ちである。

 スピカなんて文句の付けようがない美人だ。セブールでは大人気らしい。

 マリーは頭がおかしいのを除けば、可愛いとさえ思っている様だ。頭はおかしいが。


 明らかに劣っているリュウタロウの事をアメリアが好きでいてくれる自信がないのだ。



「では……アメリアさん。この回復薬を……グイッと飲んじゃって下さい」

 まるで青汁でも飲ませるくらいな勧め方でスピカがアメリアに瓶を渡す。その価値、数億ジルはくだらないだろう。


「はい……。ふぅ、い、いきます!」


 アメリアは回復薬を一気に飲みほした。

 すると……。


「あ、あぁ……」


「アメリアさん?どうしました?何か変化を感じますか?」


「目の辺りと……その、か、下腹部辺りに違和感を感じます」


 アメリアは酷い虐待によって、女性としての機能も失っていた。完全回復薬フルポーションにより、それも再生された。奴隷になる前の生娘に戻ったと言う事のようである。


「アメリアさん。目はまだ閉じてて下さいね」


 スピカがゆっくりとアメリアの眼帯を外す。

 瞳を閉じていても、長いまつ毛と整った顔立ちである。


「あの……開けても良いでしょうか?」


「ゆっくり開けて下さいね。光になれて無いでしょうから」


 アメリアがゆっくりとまぶたを開く。

 目を閉じている時も、眼球の存在を感じていたが、やはり見えるかどうかは、不安であった。


 だが、確実に光を感じ、そして久しぶりに映る世界。


「あ、あぁ……見えます!」


 瞳は淡い藍色で、感激のあまり涙がぽろぽろと流れ顎を伝う。アメリアは立ち上がると、近くにいた男に抱きついた。


「リュウタロウ様!……やっと、やっと貴方様を見つける事が出来ました!あぁ、リュウタロウ様の匂いです!間違えるわけがありません!毎晩貴方様の腕に抱かれていますから……」


「……よ、良かったなアメリア。だが、私はリュウタロウではなく、アルゴなんだがな」


「……え?」


 アメリアは喜びのあまり、我を忘れて、中でも美丈夫なアルゴに抱きついてしまった様だ。

 挙句に毎晩抱かれているとカミングアウトしてしまった。


「ちなみにリュウタロウは向こうな」


 アメリアがチラリとレグルスを見ると何かを察知して直ぐにリュウタロウの方を指さした。

 その方向をアメリアは恐る恐る伺うと、黒髪のあまりパッとしない男がいた。


「えー……と」


 明らかに想像と違うリュウタロウの姿にアメリアは動揺してしまう。


「フン。悪かったな美形じゃなくてな!」


「フフ。冗談ですわリュウタロウ様。ちょっとからかってみただけです。安心して下さい。私の身体も心もあの日助けて頂いた時からリュウタロウ様の物です。どうぞこれからも使って下さいませ」


 アメリアはリュウタロウに貴族らしくカーテシーで礼をする。


「そ、そうか。なら良かった。明日、ファミリア王国に向かう。スピカ、馬車の手配頼んだ」


「はい。かしこまりました」


 目的はアメリアの以前住んでいた邸宅にある、隠し部屋の財産。ゲスマルク侯爵の裏金である。

 その邸宅に現在住んでいるのが、エイル達である事をリュウタロウ達はまだ知らない。




 ◇一方そのエイル宅


 屋敷の内装等も新調し、調理場もミカさん仕様に改装され、不自由なく快適な我が家となった。

 広大敷地を持て余すが、それはまた考えよう。


「ところでミカエル様、敵国であるセブールに潜入なさるのに、変装はなさらないのでしょうか?」


 エレンさんが、唐突にごもっともな事を言い始める。

 確かに、ミカさんは目立つ。

 髪の色が銀髪と黒髪を半分半分の人は世界中探してもミカさんしかいない。

 魔王ミカエルの容貌は人族側には伝わっているはずだ。

 聖都を歩けるはずもないのである。


「そ、それくらい分かってたし!髪の色変えてメイド服でも着ておくわよ!それよりエイルだって顔割れてんじゃないの?カツラでも被った方が良いんじゃない?」


 多分忘れてたな。更に俺まで変装に巻き込んだよミカさん。でも確かに着物は目立つし、貴族の娘ならショートヘアは不自然か……。


「た、縦ロールとかじゃなければ……」


「では私がお召し物を御用意致しますね!」

「エレン!とにかく可愛いやついっぱい用意しなさい!楽しみね!」


 あっ、これは着せ替え人形にされる予感がする。



 セブールに向けて王都を経つまで残り二日の事であった。

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