第17話『第二次ツバキ征伐②』

 


 討伐戦開始から既に五時間。

 一向に目標確保の報告は無く、小隊の全滅報告だけが司令部に届く。


 ありえない事態である。

 相手は剣聖と言えど、女一人だ。


 山中故、大型の銃砲火器は麓からの砲撃しか出来ない。

 標的か神出鬼没のため、役に立たずだ。

 無闇に撃てば味方に当たるだけである。



 ◇



 椿つばきは山中を走り、火の手を避けながら戦い、随分と登ってしまった。

 辺りは標高が高く、木々が減り身を隠す事が困難になって来ていた。


「居たぞ!」


 敵の戦列歩兵隊がライフルを構え、広範囲に弾を撃ち込んで来る。

 躱し、剣で弾き逃れつつ、接近して斬る。


「はぁっ……はぁ」

 肩で息をしてはいるが、歩兵や騎士では椿を未だ捕える事は出来ない。


 だが、戦列歩兵のライフル弾を躱していた時に別方向からのなにかを右足に受けてしまっていた。


 迂闊だった。

 集中力が減退しているのか?殺気や魔力を感知出来なかったのが気になる。


「くそっ!毒針か!」


 致死性の毒では無かったが、麻痺毒のようだ。

 右足の感覚が無くなって行く。


 斬っては走り、常に自分の間合いを守りながら切り抜けて来た椿であったが……


「囲んでかかれ!」


 この局面で敵部隊の鎧が白で統一された聖騎士団が現れ始める。


 聖騎士の剣を躱せなく、受け流し事が増え始めた。

 斬りかかって来た聖騎士の鎧の隙間に刀を突き刺した。

 だが、刺した騎士は最後の力を振り絞り、椿の刀を掴み刀を抜かせない。


「くっ!抜けないっ!」


 自らの剣閃が鈍り、一撃で仕留めきれなかったミスが致命的となる。


「うおぉァ!今だァ!」


 腹に刀を刺された騎士が血だらけになった両手で椿の刀を掴み離さない。


 椿は魔法が使えない。

 もし、椿に魔法が使えたなら、この様な事態も問題なく切り抜ける事が出来たかかもしれない。

 だが――


「剣聖ツバキ!覚悟!」


 椿の左手側から大剣を構えた騎士が切り込んで来る。

 今の椿の状況からすれば、刀を手放して躱す他ないが、血で滑るのを防止する為に刀と右手を手ぬぐいで固定している状況では不可能であった。


 パン!


 山中に銃声が響く。


 更に


 パン!


 計二発の弾が、正面の騎士と左側の騎士に命中し、絶命した。


「な、銃だと!」

 剣聖ツバキが銃を使うとは誰も思ってはおらず、詰んだと思われた戦局がまたふりだしに戻された心境で、固まる騎士面々。

 それもそのはず。剣聖ツバキは剣の達人であり、それ以外の武器を使用、所持しているどころか魔法すら使用している情報は無かった。

 この土壇場での飛び道具の登場とは、想定外であり、戦略的に根本から変更せざるを得ない。

 銃を使用するならば、同時攻撃も有り得る。


「は、離れて散開!」


 騎士達は中距離攻撃を警戒しつつ、ツバキから間をとり、警戒する。


 ――。

 ――――。

 ――――――。


「はぁっ、はぁ……」


 僅かな間であったが、呼吸を整え、刺した騎士からゆっくりと刀を抜く。


「――ふぅ」


 椿つばきは疲労困憊である。数時間も走りながら、まるで無限に湧いて来る程の数を斬って来た。

 そう言えば、朝ごはんも食べてない。

 こんな事さっさと終わらせ、何か食べてまた惰眠を貪りたい――家無くなってしまったが。


 この状況下で、そんな事考えている椿の前に、包囲している騎士達の後方から、一人の騎士が近づいて来る。


 全身白銀の鎧。兜は完全に顔を覆い、容姿は伺えない。

 だが――


 その騎士。

 おそらく男であるが、只者ではない気配を椿は感じとっていた。


「――!」


「ぐあっ」

「――っ!」


 突然に、周りに居た騎士達が次々と倒れ始めた。

 見ると皆、首の辺りに針の様な物が刺さっていた。

 先程から何かが潜んでいるのは知っていたが……。



 白銀の騎士が何も語らず、同色に誂えられた鞘からゆっくりと剣を抜く。

 青白く輝きを見せる刀身には、ルーン文字が刻まれており、その剣が何かの魔力を帯びた剣である事は明白だった。


 聖剣――


 その剣が、そう言われる類いの剣である事は、無知な椿でも分かる。

 ただ、一介の騎士に所持出来る程、世界に多く存在する訳でもない聖剣を所持している点だけ見ても只者ではない事くらいには分かる。


 この世界には、聖剣や魔剣、魔槍とか言われる物が幾つか存在する。

 その多くは古代魔法が付与されていて、何らかの特殊な効果があるとされている。


 勇者リュウタロウが持っている聖剣もその一つだ。

 国宝級である事は間違いない。


 まさかコイツ勇者リュウタロウか?と思ったが、妙な気配からすると別人に感じるが――


「つっ!」


 その騎士が何の前触れもなく椿に斬り掛かる。

 突然、目の前に聖剣が迫り、椿は超反応で右手の刀で聖剣を受け止めた。

 が――刀と聖剣が接触すると、衝撃波の様な物が発生し、椿は数メートル吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ先から騎士を伺うと既に姿なく、椿の背後から唐竹割りに聖剣を打ち下ろす。それを素早く察知し、騎士から間をとる。椿の長い髪が、数寸斬られ宙を舞う。


「乙女の髪を勝手に切るとは酷いのじゃ」


 椿は別に髪の事など、どうでもいいが、この顔すら見せない騎士に興味が出て来た。

 椿にとって初めてだ。自分と対等に殺し合える剣士に出会った事は。


「――」


「ガン無視とは連れないのぉ」


 椿は瞬時に騎士の目前に飛び、刀を走らせる。

 その剣撃に反応する騎士は聖剣で受けるが、その瞬時にには椿の連撃が、騎士の首目掛け一合二合と止まらない。

 椿の神速とも言われる速さに順応し、顔色ひとつ変えない。見えてないけど。


 自らの剣を的確に受け止める騎士に椿は不思議な気持ちになり、椿はまるで新しいおもちゃを与えられた子供の様に瞳をキラキラさせ、嬉しそうな笑顔で斬り掛かる。

 椿は語らず顔すら見せない騎士に、不思議な感情を抱きながら、全力の愛を持って殺しにかかる。


 かつて、ここまで椿と渡り合える剣士はいなかった。

 同じ剣聖のウメであっても、本気を出さずに一撃で負かす事が出来た。

 剣だけなら勇者にも互角以上の戦いが出来る自信もある。剣で互角の騎士が愛おしくて堪らない。

 死と隣り合わせの壮絶な斬り合いは椿にとって至福の時であった。


「初恋かもしれん」


 自身を追い詰め、傷をつけて行く騎士に不思議な感情を抱きながら、椿は刀を走らせる。その剣閃はまるで踊る様な鮮やかなリズムで、ぶつかり合う。


 集中力が高まり、毒針の効果など無かったかのように軽やかに躍動する椿。

 思考が加速して行き、騎士の動きが良く見えてくる。

 その剣閃は正確無比の剣だ。無駄の無い、最短で最適な受けから、攻撃に至るまでが無駄が無い。

 だが、それ故に読み易い。

 技術としての剣であれば、椿と同等か、それ以上かもしれない。

 椿は次第に、この騎士の事が分かり始めてくる。

 分かり始めても、正確無比な防御は健在であり、打ち合いは止まらない。

 この状況を打破するには――


 椿は騎士の攻撃を躱し、一度間合いの外へと出る。

 追撃はして来ない騎士は剣を天に向け上段の構えへと変えた。


 椿は刀を鞘に戻し直ぐ様抜刀術の構えをとる。

 自分にとって最高の剣でこの出会いに終止符を打つ。

 疲労困憊満身創痍であるが、椿の表情は微塵も苦しさを感じさせない。澄んだ瞳には騎士の姿が映る。

 少し強い風が吹き、木々に積もった雪が落ちた――


 その瞬時、椿は神速の動きで騎士に向かい翔ける。

 騎士の反応を超えた椿の神速からの抜刀術。鞘から刀が走り、鍔元が騎士の首を捕らえようしたその時。


 黄金の矢が椿の正面から胸を貫通して行った。


「かッ――」


 矢の勢いと抜刀の勢いが合わさり、椿は騎士に対して背中を見せる形となり、膝から地へ落ちると、騎士の剣が椿の背を縦に斬り裂く。

 鮮血が白い鎧に赤い模様をつけるが、騎士は動じず、剣を鞘に戻した。


 倒れた椿の周りには雪が赤く染まって行く。

 胸を貫かれ、背中を斬られた椿はまだ絶命しておらず、矢の飛んで来た方を睨みつける。


 その先から大弓を持った、白い甲冑を着た騎士が歩み寄る。


「随分手こずりましたが、私達の勝ちですね。剣聖ツバキ。貴方に恨みはありませんが、結界石は頂いて行きます」


「――お、前は――?」


「おっと!無理に喋ると体に良くないですよ?と言っても既に虫の息でしょうが。貴方にはまだやる事が有りますので、死んで頂くには行きません――」


 最後までききとれず、椿は意識を失うのだった。



 ◇仮設司令部



「報告致します!山中より、作戦終了の信号弾を確認!作戦は終了です!」



「「おおっ!!」」


 司令部に待機していた各団長は揃い驚く。


「……勝った。あの剣聖を倒した……のか?」


 神聖王国セブールが正規軍2万人を投じて、死傷者8000人と言う結果を果たして勝利と言えるのだろうか?

 聖騎士団長は大手を振って喜ぶ事は出来ずに、眉間にしわを寄せる。

 そもそも、この討伐戦とは一体なんだったのか?

 大軍率いた極秘任務。表向きは旧帝国の治安維持の為に出国した事になっており、今作戦の出処は聖教会元老院だ。どうも胡散臭い感じがしてならないと騎士団長は考えていた。


「少し探りを入れるか……」



 須弥山は再び静寂を取り戻し、山中には騎士達の死体は消え、椿だけが置き去りにされた。

 しんしんと降る雪が動かぬ椿に被さって行くのだった。










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