第16話『第二次ツバキ征伐①』

 

 神聖王国セブールから三日程かけ、二万の軍勢は旧帝国領を通過して須弥山の麓に到着した。


 仮設司令部には、聖騎士団長、第一~第三騎士団長、戦列歩兵団長、魔術師団長、神殿騎士団長が顔を揃えていた。


「まるで戦争でも始めるみたいな顔ぶれであるな。昨年の北方戦線以来か」


 セブール聖騎士団長は席に付き、気の知れた各団長の顔を見ると、見飽きた面々ではあるが、それだけに今回の作戦が重要である事が分かる。


「狐一匹捕まえるのにこの顔ぶれってどうなんですかね?過剰戦力ではありませんか?」


 第一騎士団長が言う。


「事の発端は神殿騎士が500……だったか?全滅したと聞いている。剣聖の名は伊達じゃないな」


「いやいや、神殿騎士が弱すぎるの間違いでしょう?お祈りばかりして剣を疎かにしているから狐一匹に殺られるんでしょう」


 クククと、神殿騎士団長アルゴを見る。


「確かに……我が神殿騎士の同胞が剣聖一人に手も足も出なかったのは事実であります。ですからこうして皆様のお力を借りている訳です。話を進めましょう」



「うむ。まずは完全に逃がさない様にだが……」


「既に準備はしているよ。うちの部隊が山中に入り、広域で結界を張る。袋のネズミだよ。キツネだけどね」

魔術師団長だ。


「準備にどれくらいかかる?」


「う〜ん、さすがに雪中行軍だから夜明けまではかかる筈だよ」


「では明日明朝、狩りの開始だな」


「承知致しました」



 神殿騎士500人は決して弱くはない。

確かに実戦経験では聖騎士団には及ばないが、聖騎士団は戦術上、対魔族や魔物相手を多く相手する部隊であるからである。


 神殿騎士団の役割は対人任務が多い。

主に反教会組織や犯罪組織の討伐、内部不正者の粛清が任務だ。


 聖騎士団からすれば弱く見えるだろうが、個人の技量で劣っている事はないとアルゴは知っている。


 それ故に、神殿騎士500人をあっさり返り討ちにした剣聖ツバキに2万の軍団で挑むのは過剰戦力ではない。


 確実に成功させる必要最低限の戦力と思っている。

何人犠牲になろうとも、成功させるつもりだ。


「マリー、分かっていますね?」


「う、うん。頑張ってみるよ」


 こちらには十二天将が二人とアレが居る。


「フフ……勝利は我にありですね」


 因みにレグルスは居るとめんどくさいので、置いて来たアルゴだった。



 ◇



 明朝。須弥山に先行していた魔術師団の先発隊から信号の狼煙が上がると、既に準備の整っている二万の軍勢は須弥山の山中へと進軍を開始した。


 第一陣が中腹のツバキ宅へ突撃。

第二陣は山中に広く展開し、目標を上へと追い詰め、

取り囲む作戦である。

万一に備え、聖騎士団が、麓で待機だ。


「これより我々は剣聖ツバキ討伐戦に入る。我らに神の加護あれ!行くぞ!」


 辺りは戦場の如き叫び声が響き、大地を揺らす。



 ツバキ征伐開始――



 ◇



「むっ?」


 椿は珍しく朝に起きてはいたが、コタツの中でゴロゴロしており、再び夢の中へと向かうのは時間の問題であった。


 そんな椿が何かに気付く。

何か違和感の様な物を感じとったのだ。



「トイレ流し忘れたかもしれん……でも、コタツから出れない……」

 こんな時に便利な愛弟子であるエイルが居てくれたら、トイレに行かせたのにと、今は居ないエイルの事を心から必要な存在なんだなと実感する。


「エイルまだ帰らんのかな……」


 エイルが居ない数週間で部屋は散らかり、またゴミ屋敷に逆戻りしていた。つくづく駄目な剣聖である。


 そして、トイレの件は記憶から消え、再びまぶたが重くなった時だ。


 どこか遠い場所で、ドンッと音がした。

キリキリと風切り音を立て何かが近付いてくる。


「大砲じゃ!」



 やがて屋敷付近に着弾したらしい爆発音と振動で屋敷がミシミシと揺れる。


 椿は慌てて屋敷を出ると、砲弾が、おはようございますの挨拶の如く屋敷目掛けて落ちて来る。


「今日の天気は曇り時々大砲じゃったか……」


 その内の砲弾が遂に屋敷に命中し、屋敷は踏み潰されたかのように崩れ落ちる。


 匠の技でリフォームされた、エイルとの思い出が詰まった屋敷が無惨にも崩れた。


「ああっ!」


 ふつふつと湧き上がる怒り。

 こんな感情はいつ以来だろうか?初めてかもしれない。



「剣聖ツバキ発見!これより討伐戦に移行します!」


 セブールの第一陣が椿へと近付く。


「と、突撃!」




 ◇仮設司令部



「砲弾命中!屋敷を破壊しました!」

「先発隊、進軍を開始!」



「これで死んでてくれれば任務完了なんだがな」


「肉片の回収とか嫌ですねぇ」


「そんなに簡単には済みそうではありませんよ」




「報告!剣聖の生存を確認!先発隊交戦を開始しました!」



「やれやれ、まだ帰れないらしいな」




 ◇



「よくも!私と弟子の愛の巣を破壊してくれたな!許さんぞ!」


「何を訳の分からぬ事を!邪教徒め!」


 既に先発隊の1000人程が、椿と交戦を開始して20分程経った。

 真白い地が鮮血で赤く染まり、死体の山は数百にも及ぶ。


「化け物め!」


 椿は斬っては走りを繰り返し、山中の森の中へと敵をおびき寄せ、地の利を活かし確実に数を減らして行く。

精鋭揃いの騎士団でも雪中での戦闘は困難を極める。


 だが、絶対的な数で椿を追い詰めて行く。

戦闘開始から既に二時間は経過した。



 ◇仮設司令部



「目標を見失いました!現在第二騎士団が追跡中!」



「魔術師団に山を焼き払わせろ!火でいぶり出せ!」



 長期戦になり不利になる事はないが、戦闘開始から数時間で、戦力の十分の一が戦闘不能になった状況を楽観視は出来ない。


「相手はたった一人だぞ!」


 流石の聖騎士団長も焦り始め、なりふり構わずになる。失敗は許されない。

いや、失敗は絶対に許されないのだ。



「さて……そろそろですかね。団長、私も前線に向かいます。後は宜しくお願い致します」


 アルゴは司令部を立ち、須弥山の山中を目指した。

 既にマリーは山中に潜ませてある。後は実行するだけだ。


 ◇



「はぁっ、はぁっ……流石にキツいな。脂が大分巻いたな。斬れなくなって来た……」


 山中を駆け回り、未だ無傷で乗り切っている椿だが、一対多数は流石に限度がある。魔物の群れならまだ良いが、統率のとれた軍隊相手は楽では無い。

椿とて無尽蔵の体力があるわけではないのだ。


「かよわい乙女だもんね」


 血で汚れた愛刀を手ぬぐいで拭き鞘に収め、木の上で息を整える。

すると、森に異変を感じる。


「この匂いは……あヤツら森に火を放ったか。無茶苦茶するな。モテモテだな私」



「居たぞ!木の上だ!撃てっ!」


 ターン!ターン!


 ライフルの弾が付近を通過する。

椿は木の上から降り、発砲して来た敵の元へと駆ける。

すれ違いざまに一人を斬り、後ろに回り一人二人と斬り捨てて行く。


「待てぃ!」


 巨漢の戦斧使いが、部下を引き連れ椿を囲む。

その数100はくだらない。


「剣聖ツバキ!騎士として一騎討ちを申し出る!私は第二騎士団八番隊隊長!エドぎゃああああ!」


 椿は容赦なく戦斧を構えた腕ごとエドなんとかの体を真っ二つに斬って捨てた。


「「隊長ぉぉぉぉぉぉ!」」

「ひ、卑怯だぞ!」


「卑怯?何がだ?私は私に対して剣を向ける者には、例え弱者だろうと容赦はしない。この山中で剣を抜いた時点で貴様らは敵だ。何時以下なる時でも斬る。命乞いをしても斬る事は決定している。諦めて死ね!」



 戦慄。



 最早、ただ殺されるために挑み、恐怖で動けなくなっても死に、逃げようとしても斬られる。

 たった一人の剣聖に討伐隊は苦戦を強いられていた。


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