第9話『第一次ツバキ征伐』
神聖王国セブール王都セブンスヘブン
この世界アルテマで最も古いこの王国は建国1000年もの間、大陸の平和を守るために勇者召喚を行い、魔国と戦って来た。王国の実権は王族ではなく、聖教会の教皇、元老院が実質的に支配していた。
建国時より、人族の神である、アルテミス神を絶対的な信仰の対象とし、故に人族絶対主義国家でもある。
それは信仰の対象がアチナ神に代わった今でも変わらない。
亜人族は奴隷であっても入国すら許されない。
現在の神、アチナはセブールで下級貴族の三女として生まれ育った。特に非凡な才能もなかったアチナは親に命ずられるまま、最低限の教養を得るため、教会の修道女として、過ごしていた。
アルテミスの神託を受け、聖女に選ばれたアチナは勇者召喚を果たし、結果的に世界を救った。
聖教会としては。信仰していたアルテミス神が邪神であった事で、一時は権威を失ってしまったのだが、腹黒い元老院はアチナを大聖女として祀りあげる事で、その体裁を整え、アチナが次代の神になるべきとゴリ推しして世界の中心的な位置を守ったのである。
そんなセブールの中枢である元老院は既にアルテミスの使徒であったアルゴ達によって支配されていた。
「元老長様、剣聖ツバキに異端審問のため、神殿騎士団の派遣を許可して頂きたい」
「神殿騎士長殿、それはどの様な嫌疑でありますか?」
「はい。このところ多発しております、騎士候補生が訓練中に行方不明になる事件、邪教徒の仕業であると推測されています
「それが、剣聖ツバキと何の関係があるのですか?」
「邪教徒の潜伏先らしきものを須弥山にて発見したと部下から報告を受け、その須弥山には剣聖ツバキの住まいがあるとも聞いております故、何らかの関係があるのではと」
「だがしかしなぁ、あまり教会としては剣聖ツバキを怒らせたくはないのでなぁ」
「仰ることは分かります。ですが、邪教徒と無関係であれば、素直に応じてくれましょう」
「うむ。くれぐれも失礼の無いように頼む。神殿騎士団長アルゴ殿」
◇
王都セブンスヘブンから西の旧帝国領に入り、北側にそびえ立つ山脈の、とある地点を目指し、神殿騎士500名が行軍中であった。
本来であれば、帝国領に神殿騎士団が入ろうものなら、国境侵犯であるが、帝国は崩壊してしまったために、難なく入国する事が出来た。
「カイン隊長、今回の作戦って一体何なんです?出発の時も説明無しで、皆不安になってますよ」
「すまないな。私にもまだ分かってはいないんだ。作戦については現地に到着後、翌朝7時にこの司令書を開封する事とされている」
「封密命令ですか……なんか怖いですね」
「それだけ重要で秘密裏に遂行しなければならない作戦と言うわけだ、気をを引き締めておけよ」
「了解です!」
◇王都セブンスヘブン某所
神殿騎士団長のアルゴからすれば、神殿騎士団の派遣理由等はどうでもいい事であった。邪教徒の存在等、ただのでっち上げのデマである。訓練中に失踪する候補生の件を、存在しない邪教徒集団と言うことにし、こう言う時のための布石である。
そして、神殿騎士団を須弥山に派遣する事を容易くする為にわざわざ帝国を崩壊させた。
アルゴは用意周到に準備をして来た。
剣聖ツバキをそれだけ警戒しているのではあるが、アルテミス復活の最大の壁である剣聖ツバキ討伐は容易くは無い。
おそらく、いや確実に神殿騎士団500名は全滅する。
それも計算の内であった。
アルゴにとって神殿騎士団はただの駒でしかない。
神殿騎士団500人を返り討ちにさせ、正真正銘、逆賊の汚名を着せて置けば大軍を持って討伐戦が出来ると言うわけだ。神殿騎士団の死体は使い道もあり、一石二鳥、ツバキの戦闘能力も見れて一石三鳥だ。
「アルテミス様の復活は近い……か」
しかし、スピカには困ったものだ、何を思ったか急に北の大陸に行くなどと言い出し、盲目の奴隷を連れ旅立ってしまった。何処にあるかも分からない城を探すなど頭が可笑しいとしか思えない。
「アルテミス様が復活すれば浮上すると言うのに」
今更、一人の奴隷を救った事で自分の罪が無くなるわけでもないのだ。聖女であるスピカがそうさせるのか、それとも、スピカの中で何かが変わってしまったのか、本人にしか分からない事だが、アルゴからすれば駒が勝手に動くのが気に入らない。
「再調整が必要ですね」
アルゴはテーブルに置かれた翠色の宝玉を眺め呟いた。
◇
明朝7時、前日に指定地点に到着した神殿騎士団は、本作戦の司令書を開封し、読み上げた内容に絶句した。
「……以上だ。速やかに作戦を開始する。全員気を引き締めてかかれ!神の加護あれ!」
作戦の内容は、剣聖ツバキを抹殺せよ。ただそれだけであった。異端審問にかける事も無く、捕縛でも無く、ただ抹殺せよとだけ書かれた一文には、作戦の成功が殺害以外にないと言うことであった。
「遺書を書く時間も無いな……」
剣聖ツバキの強さは知る由もないが、確実に何人かは死ぬ事になるだろう。
そう、カインは予測していた。
作戦行動開始後一時間程で、目標の屋敷の前に到達した。取り逃がす事の無いように屋敷の周りを取り囲むように騎士達を配置した。
「……ん?何かおるな……」
いつものように朝早く起きる習慣の無いツバキは、この日もまだ布団の中に居たが、唯ならぬ気配を珍しく感じとり、奇跡的に起きた。
「ふぁ〜……えーと刀、刀、あれ?どこやったかな?」
いつもはその辺に放り投げているはずの愛刀、陸奥守吉行が見当たらない事に焦るが、良く考えたら思い出した。
「そうだった、洗濯物干すのに使っておったわ!」
部屋の角に無駄に派手な下着がたくさんかけられた愛刀が物干し竿にされていた。哀刀である。
干していた下着をタンスに押し込み、寝間着のまま、愛刀を手に外へと出る。
「何じゃ?新聞の勧誘とツケの払いならお断りだぞ」
「新聞屋や借金取りに見えますか?」
完全武装の新聞屋が居たら見てみたいものだ。
「その銀色の揃いは、神殿騎士団か。で?何用だ?」
「聖教会の特命により、死んで頂く!」
「私一人に騎士団400人……いや500人はいるな。仕方ない、相手してやろう」
腰を落とし、抜刀術の構えをとる。
「抜剣!これより賊、剣聖ツバキ討伐を開始する!かかれ!」
突撃の合図でツバキにまず、数十人の騎士が一斉に襲いかかる。それを一振りで斬り捨て、再び抜刀術の構えに戻る。
「舐められたものだな。たった500人で私を殺れるつもりとはな!」
「くっ。散開して弓を放て!」
携行している連射式ボウガンをツバキに放つ。
だが、放った先に既にツバキの姿なく、別方向から騎士達の悲鳴が辺りに響く。
神速のツバキを最早、目で捕らえる事は既に出来ず、ま白かった雪原が鮮血で赤く染まって行く。
戦闘開始から、ものの数分で騎士団の数は既に半数以下になっていた。鮮血が飛び、上がる悲鳴。悲鳴の先には剣聖ツバキは既に居らず、まるで騎士達が勝手に死んで行くかのようであった。
剣聖ツバキからすれば止まっている相手を斬る程に容易い。神速と思考加速で動けるツバキを捕らえる事が出来る存在は、極小数だ。
その様子を物陰からこっそり観察している人物がいた。
「あちゃー、騎士団使えないわぁ。と言うよりツバキ様TUEEEE」
アルゴにツバキの実力を見て来る様にと頼まれたマリーであった。
「あれじゃ、あっしやスピカちんでも無理なんじゃないかなー。アルゴっちは一体どうするつもりなんだろね〜。あっしはまだ死にたくないなぁ」
ツバキが一振り刀を振るう度に、10人以上が死んで行く。
神殿騎士団の500人は、その現実を受け入れる前に全滅した。
「さて……朝飯でも作るか」
息一つ切らさずに、あっさりと500人斬り捨てたツバキは、何事も無かった様にスタスタと家の中に戻ってきた行った。我が身に返り血すら浴びていない。
「……無理くない?と、とりあえずアルゴっちに報告と、死体の回収しないと」
マリーは剣聖ツバキの規格外の強さを目の当たりにし、死体を回収しつつも、アルゴ一味を抜けようかと考えたりした。
「街の洋裁屋さんに戻ろうかな?」
◇神界
アチナは最近、自身の世界。アルテマに起きている異変について、神界のなんでも相談室を訪れていた。
「それで?今日はどの様なご相談ですか?アチナ様」
メガネをかけた役所の職員は、相談にやって来た頼り無さそうな神をやる気無さげで迎えた。
相談の内容は様々だが、信仰心が足らないとか、眷属である人間を好きになってしまったけど、神と眷属の恋愛はありですか?等、どうでもいい相談ばかりだ。
「えっと、何だか最近、ボクの世界の事を狙ってる神がいるんじゃないかと……」
「はあ……まぁ良くある話ですね。具体的にどの様な被害があります?」
「うーん、先代の神の使徒が生き残っていたんだけど、不思議な事に加護が働いてるようなんだよ。有り得ないはずだと思うんだけど……ひょっとしたら他の神が干渉してるのではないかと」
「はいはい。証拠とか無いんですか?」
「証拠?いや、特に無いけど」
「困りましたね〜、うちも忙しいんでね。もっと確実な証拠か、物的被害が無いと動けないんですよね〜、まぁ少し様子見って事で」
「うぅ……」
「あっ、そうだった!アチナさん、地球の神から伝言がありますよ!」
「え?何かな?」
「えー、あんまこっち来んな!です。ちょっと行き過ぎみたいですね。あと地球は今、入界禁止だそうですよ!あちらの事情らしく、言えませんが」
「えーっ!オリンピックのチケットとったのに!払い戻し出来るの?」
「知りませんよ、そんな事。でもオリンピックは延期になったらしいですよ。いつまで延期か知りませんが。とにかく不要不急の入界は遠慮して下さいね!」
「分かりました……」
「はい。次の方〜」
トボトボと肩を落とし歩くアチナだったが、不意に声をかけられた。
「アチナちゃーん」
「ん?あっ!アフロ先輩!お久しぶりですっ」
アチナに声をかけた主は長い白銀の髪を靡かせ、歩み寄って来た。絶世の美女だ。女神は大体美女だが。
「その呼び方はやめてね。私がアフロヘアみたいじゃない!」
「すんません、アフロディーテ先輩」
「アチナちゃん珍しいね、どうかした?」
「ええ……実は〜」
アチナは現状、起きている事態をアフロディーテに話すと。
「確かに他界の干渉じゃないと、有り得ない現象だけど、アルテミスが復活して喜ぶ神も少ないと思うよ。逆ならまだしも。あの子敵多かったから」
敵の多い神の世界に生まれるって不幸過ぎる世界だ。
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