第19話『落ちた天使』



 ミカさんの怒りは既に沸点を超えている様だ。

カラカラカラカラ

釘バットを引きずる音が辺りに響く。


「その頭ぶっ飛ばしてやるから覚悟なさい!」


 あれ?ミカさん単独エントリーですか?


「エイル。とりあえず見てて」


「ああ。分かったけど、危なくなったら勝手に割り込むよ」

 コクっと頷き。こちらは見なかった。


「結局、パンダ女だけか。他の奴らもいつでも、かかってきな!」


 随分と余裕がある表情だ。先程の戦いの疲れは微塵も感じられない。

 無尽蔵のスタミナに、防御力。半獣化したトラビス王子を一撃で倒す破壊力。

ヤバくないですか?

でも、ミカさんならなんとかしてしまいそうなのだが。


「一応。名乗っておくぜ。唯一無二の絶対神アルテミス十二天将獅子座レオのレグルスだ!」


 獅子座って事は十二天将って黄道十二門?

スピカさんは何座なんだろうか?

異世界にも星座あるんだね。知らなかったよ。


「魔王ミカエル・デストラーデ。お前には死しかないと思いなさい!」


 魔王なのにJKスタイルが違和感有りまくりだが、禍々しいオーラが今日は一段と空気をビリビリさせている。



 魔王VS使徒。開始。



 鬼神の如く形相でミカさんが、釘バットで襲いかかる。


 普通に怖いです。

ゴッ!

重い一撃がレグルスの頭部を直撃し、レグルスの頭が下がる。

あれは、絶対に痛い。と言うより普通は死ぬ。


「ぶっっ!」


 レグルスも想定以上の痛さだったのか、顔が歪む。


 更にミカさんの追撃がレグルスの頭部を狙う。

頭を連続で釘バットで叩くとか本当に容赦ない。


 だが、レグルスが素手で釘バットを掴み防いだ。

頭からは血が流れてるが、表情は笑っていた。

ちょっと引く。


 レグルスの反撃。


 レグルスはミカさんの顔面に強烈な一撃を入れ、更に回し蹴りでも顔を蹴った。


「つっ!」


 ミカさんは2度も顔に攻撃を受け、鼻血をボタボタと垂らす。


「女の子の顔殴るとか……最低ね!」


「うるせぇよ。その面もっとぐしゃぐしゃにしてやるよ」


 最低なヤツだ。女の子の顔って殴ってはいけません。

 それ以前にミカさんの顔を殴った事に、なんだか無性に腹が立つ。ちょっと冷静に戦いを見てるのは、難しそうだ。今すぐに斬りたい衝動にかられ、刀の鞘を握る手に力が入る。


「戦いにおいて、男も女も無いが、それでも腹の立つものだな」


 セリスが俺の様子を察して声をかけて来た。


「最低っス!ボコボコにして裸にして、ウチの胸で窒息死させてやるっス!」

 マリン。それは逆にご褒美っぽいぞ!




 ミカエルが、顔の鼻血を拭い、再び釘バットを振り回す。それを躱さずに頭にくらいながらも、レグルスは突進して来る。

後方に飛び、突進を避けようとするが、レグルスの手が、ミカエルの足を掴む。

「しまった!」

「捕まえたぜ!」


 レグルスは掴んだ足を振り回し、ミカエルの体を何度も地面に打ち付ける。ミカエルは必死にスカートが捲れないように手で抑えるが……見えてます。


「やめろ変態!」


「ハッハッハー!ガキのパンツに興味ないぜ!」


「くっそ!離せ!」


「離すか!馬鹿が!」


 その時ミカさんは空間収納から剣を出して、自分の足を斬った。

足を自ら切り離して脱出し、翼を広げる。


「うわっ!マジか!お前、自分の足を斬るとかイカれてんな!」


「変態が離さないからよ!別に直ぐ治るし」


 見ると切り離した足が黒い血の様な塊になり新たに形成されていく。

 自己再生を持ってるのは知っていたけど、痛々しい。

 顔を殴られ、血を出しているミカさんを見て気分の良いものでは無い。いや、最高に不愉快だ。


「ミカさん。悪い、見てられない。俺が代わるから下がってて」


 ただ見てるなんて出来ず、気付いたらミカさんの近くに歩き、思わず言ってしまったよ。


「え?何言ってるの?こんな奴私が……」


 まだやる気のミカさんの手を引き、連れ出す。


「悪いけど、好きな人が殴られたりしてるの、黙って見てられる程、バカじゃないよ」

「えっ?えっと……うん。ごめん、エイル。もう1回リピート再生して!」

「……バカじゃないよ」

「そこじゃない!でも嬉しい。ははっ!」

「えへへ」

 2人して顔を桜色にして見つめ合う。


「おい。戦闘中だぞ。俺を忘れるな!」

 レグルスが羨ましそうに見ているねー。フフん!


「ミカさん、ちょっと……」

 ミカさんの耳元で囁く。

「えっ?うん。分かった。やってみるけど……」


「おいおい!いつまでもイチャイチャしてんなよ!眠くなるから早くしろ!腹も減ったぞ!」


 お前に食わせる飯はセイコマルクには無い!


「ふん!お前なんか、秒で終わりにしてやるよ!」


「言うじゃねぇか、チビッ子!ガキの出る幕じゃねぇぞ!俺はガキだって殴るかもだぞ!」


「当たらないよ。お前の攻撃なんて絶対に!それと俺はガキじゃない。エイルだ。女神アチナの第一使徒だよ」


「何?そうか!お前がエイルか!だったら手加減はしねぇ!」


 ふふ、思った通り単純な奴だ。挑発に乗り、今にも飛びかかって来そうだ。ミカさんを殴ったお前は許さない。




「おいよ、あの嬢ちゃんで大丈夫かよ?」


「エイルは負けんよ。そんなヤワな鍛え方はしていない。打たれ強さと自己再生は互角。だが、エイルの速さに奴は着いて来れまい」


「ホントかよ?自分の弟子だからって過剰評価じゃないのか?」


「そんな事より、私の近くで臭い息を吐くな。状態異常になりそうだ。どっか行け!寄るな!」


「お前、ホントにやな女だな!」


 ちゃっかり椿つばきの隣りに寄って来た剣聖ウメが虫の様に追い払われ、仕方なく剣聖ウメは離れ、セリスの近くに行くと、凄く嫌な顔をされた。




 ミカさんは優しい。一見凶暴で慈悲も無く、敵は殺す。

 だけど、戦い方を相手に合わせて接近戦で戦う必要なんて無いのにフェアな戦いを好む。


 ミカさんは元々魔術師だ。性格的に物理攻撃をしているが、魔法を使わせたら右に出る者は居ないはずだ。

 ミカさんの魔法属性は陰、火、水、風、土、闇だ。


 魔術師としては破格の属性の多さだ。つまりチートだ。

 闇は魔族の王の固有属性みたいな物らしい。

光は勇者の固有属性の為、使えるのはリュウタロウだけだ。聖属性は治癒術師や聖女が主だ。ティファやスピカさんが使える。


 天属性は天族。つまり使徒にしか使えない属性だ。

 要するにミカさんが本気出せばレグルスなど余裕で倒せるはずだが……。


 戦闘狂な部分があるんだよね。見てるこっちがハラハラしてしまうよ。

人の事言えないけれども。




 レグルスと15メートル位の距離をとり、向かい合う。

 愛刀の雷電丸を抜刀し、切っ先をレグルスに向け構える。

 素手でやってやるつもりは微塵もない。


「かかって来いよ!童貞!」

「ああ?ば、馬鹿にするなよ!ち、違うし!」


 明らかに動揺してるな。フッ!童貞か。

 俺もだけど、女の子になってしまったので関係ない。

 と自分に言い聞かせてるから平気だ。


 後ろの方でヒソヒソとセリス達が話をしている。

「聞いたか?童貞の様だ」

「可哀想っスねー」

「マリンさん聞こえますよぅ」

「チェリーボーイ……なのです……」


 あれ?リオって意味分かってるの?まだ子どもだと思ってたのに!異世界の性教育は進んでるの?


 さすがに子どものリオに馬鹿にされたのが効いたみたいのご様子でレグルスの顔は真っ赤になり、怒り心頭の様だ。今にも飛びかかって来そうだ。


「馬鹿にしやがって!全員泣かす!行くぞオラ!」


 冷静さを失った童貞が、いや、レグルスが砂埃を上げ走り込んで来る。


「レグルスパーンチ!」


 何処のヒーローの必殺技だよ!とツッコミ入れたいが、空を裂く強烈な一撃が俺の顔面目掛けて繰り出される。


 だが、その拳が届く前にレグルスの姿は消えた。



「なっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 レグルスは俺の手前に造った、落とし穴にまんまとかかり、地中深くに落ちた。

 ざまぁ!


「ぷっ。ぷははははっ!ホントに落ちたよアイツ!あはははっ!」

「ぶふっ!ち、ちょっと笑わないで!フフっ!アイツださ過ぎ!あはははっ!やだっお腹痛いっ!あはっ」


 ミカさんと2人で腹を抱え笑う。

 その姿に周りはポカーンとしていた。


 ミカさんと代わる時に、耳打ちして、土魔法で落とし穴を造ってもらった。

 後は出来るだけ挑発して注意力を無くした。

 まんまと挑発に乗り、冷静さを失ったレグルスは、俺を殴る事しか考えずに向かっ来るが落とし穴に見事かかった。


 さて……


「錬成!」


 巨大ハンマーを作成した。

 多分、飛んで出て来るであろうレグルスを叩く!


「…………ぅぉォおおおおおおおおおおおおおおおお」

 来たみたいだな。


 ガツンっ!


 ひょこっと顔を出したレグルスにハンマーで叩き、また地の底へ落とす。


「痛ぇぇぇぇぇ…………」


 繰り返し、モグラ叩きみたいに出て来ては叩きを行っていた。

「ウチもヤリたいっス!」

 マリンが遊びだと思ってるのか代わりたい様なのでマリンにハンマーを託した。


「おいツバキ。あれが剣聖の弟子の戦い方でいいのかよ!」

「ん?うーん。さ、作戦通りだ。さすが私の弟子エイルだ。そして私はもっと凄いのだ」

「ええぇ……」

 剣聖ウメも呆れてるみたいだが、勝てば良いのだ。


 レグルス叩きゲームは3回交代でマリン、セリス、リオの順で賑わっていた。ティファは腕力無いので無理みたいだ。変わりに石を穴に落としたりしていた。

 酷い連中だ。


 やがてレグルスは上がって来なくなり、皆がつまらなさそうしていると、穴の底から……。

「シクシク……」

 レグルスの泣く声が聞こえたそうな。

「泣いてるっス」

「泣いてるな」

「泣いてますよぅ」

「ざまぁ……なのです」


 とりあえず、使徒レグルスは撃破?かな。

セイコマルクにはまた平和な日常が戻る。かと思われたが、本当の災厄はまだ終わってはいなかったらしい。



「うちのレグルスに随分と可哀想な事してくれますね!エイルさん?」


 セイコマルクの空に銀色の竜に乗ったスピカさんが現れた。その姿は聖女スピカではなく、銀色のドレスアーマーに身を包んだ使徒スピカだった。


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