第13話『エイルVS剣聖ウメ①』
剣聖ウメの威圧を肌で感じながら、俺は借り物の刀を鞘から抜いた。
「おい、その刀……」
「剣聖シズカさんから借りました。自分の家に忘れてしまいまして」
「って、お前、剣士が自分の刀忘れるとかダメ過ぎるだろ?」
「……ごめんなさい」
半ば家出同然で飛び出して来てしまったのだ。
アチナは怒っているかな?
帰ったらちゃんと謝らないと……
結界石を持ち帰って褒めて貰おう!よし!
剣聖シズカの愛刀『鬼切丸』を正眼に構える。
「ふん、じゃあ始めるとするか!」
剣聖ウメは二本の愛刀を右手が正眼、左手が八双に似た構えをし、表情は余裕を崩さない。
二刀流か……小回りの効かないこの刀でどう戦うか。
考えても、良く分からないからいいか!
「せやぁ!」
最初に動いたのは剣聖ウメだった。
間合いを詰めてからの左片手の横なぎがファーストアタックだった。
エイルはそれを難なく躱すが、ほぼ同時に右片手の刺突が、エイルの顔目掛け伸びて来る。
それも難なく躱す。だが、連撃は止まらない。あらゆる方向から二刀流の切り込みと刺突がエイルを襲う。
「チッ!」
剣聖ウメはエイルを舐めていた。
ツバキの弟子だからと言っても、まだ子どもだ。
軽く痛めつけて、大衆の面前で、お尻ペンペンの刑にしてやるつもりだった。生意気なガキには、それくらいしてやって態度を改めさせるのが、大人の役割りってもんだ。だが、想定外のエイルの回避能力に驚く。
見て躱すのではなく、明らかに予測して躱している。いや、まるで自分が、当てないように斬っているかのような感覚に陥る。この感じ……ツバキと同じだ。
「くそったれが!」
訓練所で剣聖ウメとエイルの試合を見ていた者達は何が起きているか分からない様子で、皆、口を開けて見ていた。訓練所の中央には剣聖ウメが、阿修羅の如く残像を残す激しい剣撃を繰り出しているが、全て空を斬る音だけが場に響いていた。
「見事なものだな……」
セリスは二人の立ち合いを見て呟くが、セリスにも 最早、到達できないであろう境地にいる二人を見つめていた。
「躱してばかりじゃあ、俺には勝てねぇぞガキ!」
「ハッ!そうでした」
「クソっ、余裕かよ!」
エイル自身驚いていた。
剣聖ウメの剣が、こんなに遅いとは……
エイルは獲得したスキルを使用して躱せているのだが、まだ馴染まない感覚に少し動揺しながら、感覚を慣れさせていた。
獲得したスキルは剣聖、魔力感知、神速、思考加速、身体強化だが、身体強化は今は使用していない。
剣聖スキルの影響か、剣聖ウメの剣が、どういう軌跡を辿るのかが手に取る様に分かる。その上思考加速が見える物をゆっくりに映す。まるで時間の流れに取り残された様な感覚だ。
「はっ!」
エイルが、反撃に出る。
その刹那、剣聖ウメは恐怖を感じ、エイルから遠く離れた。
エイルの一閃が空を斬る。
間一髪躱した。……つもりだった。
剣聖ウメの胸に十字の傷を刻んでいた。
「マジか……」
剣聖ウメには一太刀にしか見えなかった。だが、エイルの剣は二太刀入れていた。
剣聖ウメの額から汗が流れる。こんな事はかつてツバキに挑んだ時以来だった。神速のツバキは怪物だ。同じ剣聖でも別格の存在。この世界で勇者と魔王を除けば、間違いなく最強だ。ひょっとしたら勇者より強い可能性もある。剣だけならだが。
その別格とも言えるツバキにより近い剣を見せたエイルが、信じられない。あんなガキが!俺が超えられなかった壁を超えてやがる!
「くそったれ!勝った気になってんじゃねえぞ!」
「はぁ……」
勿論勝った気になどなってはいない。だが、勝てないとも思っていない。
エイルは三太刀入れたつもりだったが、切先が届いたのは二太刀であった事が反省点だった。
それに、剣聖ウメもまだ本気を出していないのはエイルにも分かるのだ。
「慎重に、慎重に……」
エイルは自分に言い聞かせる様に呟く。
剣聖ウメは対ツバキ用に体得した取っておきを使う事にした。まさかツバキの弟子に使う事になるとは思わなかったが、使わないと勝てないのは明白。ならば、やるしかないのだ。
「はぁぁぁぁっ!」
突如、剣聖ウメが両手を広げ、何か力を貯めるような行動を始めた。
因みに隙だらけである。
あれ?これで斬ったらブーイングかな?などとエイルは考えていたが、大気中の何かが、剣聖ウメに集まって行く。
まさか!元○玉か?
違うかもしれないけど、何か小さな魔力が集まっているのは確かだ。
「エイル!精霊だ!剣聖ウメは精霊を集めているぞ!」
セリスが、精霊を感知したのか、剣聖ウメに集まる魔力は、小さな精霊達のようだ。
「正解だ……俺は精霊魔法を使えるんだよ!」
剣聖
つまり、剣に特化した剣聖では勇者に劣るのだ。
ならば、剣聖が魔法を使える様になれば、剣聖ウメは
いい歳した人が、いきなり魔法の勉強始めても使えるのは初歩の魔法だけだ。
それで目をつけたのが、精霊魔法だ。
精霊魔法は知識よりも、適応力だ。精霊が多く存在する自然の豊かなセイコマルクに移住し、自身の適応力を底上げした。結果は見ての通りだ。
剣聖ウメは火の精霊を宿す事に成功したのだ。
「精霊魔法?初めて見ますね、ワクワク!」
「余裕ぶっこいてると痛い目見るぜ!見ろこれが剣と精霊の融合だ!火剣!」
剣聖ウメの構える両手の刀に炎が宿る。
魔法剣?みたいな感じかな?
「いいなー!それいいなー!」
エイルは目をキラキラさせて剣聖ウメを見る。
魔法剣はある種憧れと言うか、ファンタジーって感じで割と好きだ。エイル自身も雷刃の太刀と言う、なんちゃって魔法剣があるが、あれは雷電丸が雷属性の刀だから出来ている芸当である。
エイルは天属性魔法が標準装備ではあるが、その他の魔法は、さっぱり使えない。魔法を覚える機会があまり無かったのもあるが……魔法はミカエルが使えるから別にいいやって言うのが本音だ。
「ふっふっふ!良いだろ?この火剣で、火だるまにしてやるよ!くらえ!火剣焔ぁ!」
二本の刀から繰り出された業火がエイルを襲うが、そう簡単に捕まるものではなく、距離をとり、躱して行く。
「チッ!ちょこまかと!」
「そんな簡単にくらいませんよ!」
スキル『火剣焔』を獲得しました。
火の精霊魔法獲得しました。
あっ、覚えた!
精霊魔法まで覚えてしまったか……うん。今度使おう。
剣聖ウメは火剣が躱されるのは、ある程度想定内ではあった。多少汚いが、ある秘策をする事にした。
剣聖ウメが、地面を蹴る。
すると砂が、エイルの目に入る。
「うわっ!目が!」
目潰しによる一瞬の隙を狙い、腰に下げていたひょうたんの中をエイル目掛けてぶちまけた。
「えっ?何かかかった?」
「くくくっ!それは油だ!これで良く燃えるぜ!」
剣聖ウメは人並み以上に卑怯な手を使ったが、普段から卑怯な理由ではない。あくまでも対ツバキ用に考えた作戦である。それ程までにツバキへの恨みが大きいのであった。最低である。
騎士道精神や、武士道精神みたいなものは、どうやら持ち合わせていないらしい。勝てばよいのだ。
迷う事なく、地についた油に火剣で引火させる。
「恨むなら師匠を恨むんだな!」
引火した火は瞬く間にエイルを業火で包む。
「う、うわぁぁぁぁっ!」
燃え盛る炎の中エイルはまさか剣聖がこんな汚い手を使うとは思っていなかった自分の甘さが生んだ出来事であった。完全に自業自得だな。もっと早くに勝負を決めておけば良かった。
訓練所には業火に包まれた少女の断末魔の叫びが響き渡っていた。だが。
「うわぁぁ……あ?」
スキル『女神の加護』発動。
あれ?中々死なないね。て言うより熱くないね。
『女神の加護』って確か……おまけで付いてたスキルだったな。スキルの効果は……全属性耐性。
全属性って何属性あるか知らないけど。とりあえず火属性は効かないみたいだ。
「ハッハッハー!俺の勝ちだ!」
炎の外では剣聖ウメが、高笑いし、元々無かった人気を更に下降させていた。
「ん?エイル?」
セリスは炎の中のエイルの様子に気付いた。
炎の中からテクテクと歩いて出てきたエイルに訓練所に居た皆が目を見開いたり、擦ったりして幻でも見てるかの様になっていた。
「ハッハッハー……はぁ?」
流石の剣聖ウメも驚くと言うより無傷のエイルを見て目をパチクリさせる。
身体は無傷だが、着物が燃えてしまって下着姿のエイルを凝視する。
「どうやら炎は効かないみたいです♡」
「う、嘘だろ……」
「じゃあ、続けましょうか!」
刀を構えて第二局開始とばかりに意気揚々なエイルにセリスから待ったがかかる。
「エイル!ちょっと待て!せめて服を着ろ!」
エイルは下着姿など羞恥の類に入らない。
剣聖
エイルのお着替えタイムで暫しの休憩の後、対戦は再開された。
着物が燃えてしまった為、紺色の六つ釦のワンピースに着替えた。胸には銀十字勲章が輝く。
ファミリアの英雄の証である最高位勲章だ。
「お前その勲章……そうか、お前があの
「今までは本気じゃ無かったんですか?まぁ俺もだけど!」
「言葉使いが変わったな。まぁいい。見てろ!身体強化ぁ!」
第二局開始――――
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