第6話『開戦』
連合砦の夜間襲撃から一夜明け、死の大地と呼ばれる草原にはミカエル率いる魔王軍とバルバトス大将率いるローゼン帝国軍の第一軍が相対していた。
魔族側の布陣は中央にミカエル、ベリアル軍デーモン兵、オーガ兵、オーク兵、ゴブリン兵の主力軍だ。
左翼には邪竜バース(偽)率いるドラゴン部隊がやや離れた場所に布陣している。遠目から見ればバレないだろうと言う事である。
右翼には死者王シピン率いるアンデッド軍団が布陣。骸骨兵は火力こそ無いが肉盾として活用だ。肉無いけど。
後方にはサクヤ率いる淫魔族が布陣。お色気担当だ。要塞司令部にはドワルデス将軍と副官としてルーが待機している。
これがほぼ魔王軍の全軍である。一部邪竜バースが不在な点が最大戦力とは言えない部分だ。
連合砦の司令、バルバトス大将はかつてない程の魔王軍の本気っぷりに正直震えていた。
普通、四天王って一人ずつ登場する筈が、揃い踏み。
尚且つ魔王まで出張ってると来た。
いくら近代兵器を装備した帝国軍でも、第一軍だけで勝てるわけが無い。
戦況により撤退するとして、そのタイミングを何時に下すかを既に考え始めていた。
四天王の一角でも討てれば大戦果だが……
今次、帝国第一軍には本国から剣聖シズカが参戦と、皇帝陛下が直接送り込んで来た、白銀の甲冑を着た謎の女騎士がいる。
剣聖シズカで四天王の一角を討ち、すぐ様、撤退が理想だが、この謎の女騎士が皇帝陛下の特命を受けているのでは無いか?
ならば、見苦しい戦い方は出来ないのだ。
と言うのがバルバトス大将の現在の心境だった。
◇
息が苦しいですね。やはり兜をしていると正体バレなくて良いと思ったんですよ。ですが失敗したなー。口元だけ隠すストールでも良かったかもしれませんね。まぁ今更ですが。バルバトス大将さんが不信がってますね。監視とかじゃないですよ。
この謎の女騎士はスピカであった。
目当ては剣聖シズカである。と言うより、結界石だ。仮に剣聖シズカが戦場で戦死した場合、結界石だけ回収してしまおうと小賢しい考えだった。
剣聖シズカが生還したら隙をついて結界石持って逃げる予定だ。恐らく帝国軍はこの戦いは敗走する事明白、後方の
◇
剣聖シズカは緊張していた。
初めての戦場だった。
家は代々剣聖を名乗り邪神戦争後は邪神封印の守り手としてひっそりと暮らして来た。
だが、シズカは剣聖として人の役に立ちたいと考え、帝国軍に身を置いた。
だが、これまでは本国で剣術指南役が主な役割りで、前線に配備されることは無かった。
ここに来て突然の前線送りである。
最初はやっと活躍の場を与えられたと歓喜したが、実際に戦場に来ると、怖くなって来たのだ。
出来れば、お家帰りたいとか思い始めている剣聖シズカだった。
そんな様々な思惑がある中、魔族側に動きアリと報が届く。
帝国軍布陣は中央に奴隷兵の肉盾部隊、その背後に戦列歩兵。
左翼に剣聖シズカと騎兵隊、歩兵、魔術師団
右翼に歩兵、魔術師団の布陣だ。
◇
魔族側から二人の少女が歩いて来る。
まるでここが戦場では無く、ただの草原だと錯覚してしまう程に二人の可憐な少女が談笑しながら、ゆっくりと近付いて来る。
帝国兵はその姿をただ見つめていた。いや、見とれていたのだ。あまりの美しさに。まるで絵画の様に見える二人と草原が心奪われるかの如く別世界を創り出していた。
戦場を歩いているのは紅い軍服姿の魔王ミカエルとメイド服姿のジスだった。
「今日は良い天気ね」
「はい!絶好のピクニック日和ですねミカエル様!」
「ここでお茶したくなるわね……だけどその前にひと仕事しなきゃいけないわ」
クスクスと年相応の笑顔で二人は草原を歩く。
帝国軍大将バルバトスは、その少女の一人が魔王である事に気付いた。これは好機!如何に魔王と言えどまだ小娘。数千、数万の弾丸を食らえば死ぬに決まっている。
いや、死ぬといいな。死ぬでしょ?普通。
「何をしている!あれが魔王ミカエルだ!撃て!一斉射撃で殺せ!」
目の前に転がり込んだ大戦果に冷静さを失っていた。
魔王軍と帝国軍の戦闘の初弾は帝国軍だった。
指揮官の一斉射撃命令により、歩兵部隊の銃がミカエル目掛け火を吹いた。
ミカエルに向けて放たれた銃弾は初弾数千にも及んだが……
ジスが両手に構えるククリナイフでミカエルの前に飛んで来る弾丸を全て弾き飛ばし、ミカエルには当たらない。
「あっははははっ♡」
ジスは子どもの様に無邪気に笑いながらミカエルの役に立っている実感を喜んでいた。
ジスはミカエル様の盾であり剣。ミカエルの邪魔になる物は全てジスが取り除く。ミカエル愛は誰にも負けないと自負している。最近のライバルはエイルだ。エイルの事が実は大嫌いだ。
「もっと撃て!なぜ当たらん!全砲門撃てー!」
バルバトス大将は目の前の光景が信じられなかった。
弾が全て当たらないとか、ありえない事態だ。
「魔族のメイドはバケモノか!」
「左翼と中央は突撃!」
バルバトス大将は右翼は敵左翼の牽制の為、待機に。
魔族側左翼は邪竜バース率いるドラゴン部隊。
隙を見せれば一気に周り込み、挟み討ちになる可能性がある。故に、自陣右翼は待機させた。
ミカエルは上空に小さな氷の弾を展開していた。
その数は千個以上だ。
帝国軍の前進を確認すると、それを帝国軍に向けて放つ。「フロストマシンガン!」
氷の弾が帝国兵に襲いかかる。
開戦してものの数分で数百人の帝国兵は命を落とした。
「き、騎兵隊、と、とちゅげきー!」
剣聖シズカは自ら先頭に立ち、預けられた騎兵隊を率いて前進。だが、緊張のあまり、噛んだ。
それでも流石は剣聖。魔族側の肉の無い肉壁を切り捨て進軍して行く。
帝国軍は序盤の混乱はあったが、徐々に持ち直し、組織的な動きを見せていた。
「迫撃砲用意!……撃てー!」
「榴弾砲打ち込み開始!左40度高角70度!」
「魔術師団、範囲術式詠唱開始!」
「魔力収束砲スタンバイ!照準敵中央!」
銃砲火器の数は帝国が圧倒的に多いが、魔族側の銃砲火器は性能が高い。
魔族側の銃はエイル作成の銃のコピーだ。
銃の殆どがライフリングが施されている為、命中精度が高い。
ライフリングとは砲身の内部が螺旋状の溝があり、弾丸がジャイロ回転によって空気抵抗を少なくする構造だ。
先程までの青空が嘘の様に灰色に塗り替えられて行く。
辺りは爆風と血飛沫、飛び交う砂塵や金属の破片で視界不良に陥って行く。
撃っては進み、倒れ、また撃って進み、剣林弾雨の中を砂や血で汚しながら前進する。塹壕から塹壕へと移動しながら戦線は拡大して行った。
響き渡る指揮官の突撃命令と、叫びながら突撃する兵隊や奴隷兵達が死体の山を越えて行く。
◇
開戦から二時間程経った頃、帝国軍司令部に吉報が届く。
「報告!邪竜バースを撃破!」
「「おお!」」
参謀達は揃って立ち上がる。
「よし!」
バルバトス大将は小さくガッツポーズをした。
大戦果だ!夏のボーナスは期待出来る!
四天王の一角を撃破したとなれば、勲章物だ!
後は頃合を見て、撤退だな。
◇
帝国軍司令部が邪竜バース(偽)の撃破で歓喜しているころ、ミカエルは一度デストロイ要塞司令室に戻っていた。
「ルーさん、被害状況は?」
「ハッ!報告致します。左翼、邪竜バース様(偽)戦死。ゴブリン兵、オーク兵死傷者二割。骸骨兵に骨折者多数です」
予想外の帝国軍の奮闘に苦戦していた。
火力の差と塹壕戦術、組織的な戦闘の練度はやはり帝国軍が一枚も二枚も上手の様だ。
「……そう。分かったわ。報告ありがとう」
ミカエルは再び戦場へと向かって行った。
◇
「あーはははは♡オラオラァ♡雑魚どもぉ♡ドンドン来い!ドンドン♡」
ジスは帝国兵達を無残に切り捨てながら敵陣へと突き進んでいた。
黙っていれば、可憐なメイドであるが、狂気に満ちた戦いぶりは、敵味方ドン引きである。
その暴力的な性格は種族的な物だけではなく、幼い頃からミカエルの傍らに居ただけあって、ミカエルに似て凶暴な性格だ。趣味嗜好は全てミカエルに合わせる。
それがジス・バレンティンだ。
「見つけた!」
剣聖シズカは昨夜の襲撃をして来たジスの姿を捉えた。
「二時の方向、敵騎兵急速接近!……剣聖です!」
砲弾飛び交う戦場を一騎駆けで、右翼と中央辺りで奮戦していたジスに迫る。
「あら?昨日の痴女じゃない?今日はちゃんと服着てるのね」
すっかり返り血で汚れたメイド服と血が滴り落ちるククリナイフをだらりと下げ、肩で息をしているジスは、新たな獲物を獲た獣の様に剣聖シズカを見つめる。
「ち、痴女じゃないわよ!覚悟なさい!悪は斬る!」
そう言って馬上から降り、刀の剣先をジスに向けた。
「まるで自分達に正義あるみたいな口振りだけど?まぁ、どうでもいいし」
血を振り払い構える。
「せやぁぁ!」
剣聖シズカは流れる様な動きで逆袈裟に刀を旋回させる。
が、ジスは紙一重で躱すとククリナイフ二刀で斬り掛かる。
流水の如き動きでジスの連撃を躱していく。
「腐っても剣聖ね」
当たらない!内心では焦り始める。
だが、勝てる勝てないでは無い。殺るか殺らないかだ。
どんな無様でも殺るしかない。
「腐ってないわよ!失礼ね!」
「ミカエル様の邪魔するなら殺す」
自分にはそれしか無い。ミカエルの敵は全て敵。
主と決めたその日から、自分の全てはミカエルに預けている。
「し、死ぬのは、そっちよ!秘剣 桜吹雪!」
まるで、桜の花びらが風に舞う様な春の一時。
美しく、洗練された舞姫の如く宙を舞い、切っ先がジスの身体を無数に血の記しを刻んで行く。
「うっくっ!」
一撃の殺傷力は無いが、無数に切り刻まれジスの体力は確実に死に近付いていく。
剣聖シズカは実戦慣れこそしていないが、剣聖である。
剣聖の中でも最も美しいと評される剣技を有する。
「観念なさい!トドメよ!」
剣聖シズカの刀がジスの細い胴にスっと入り、背中から刀が生える。
「ごぶっ!……ミカエル……様……」
力を失った手から、ククリナイフが地に落ちた。
剣聖シズカはジスの身体から刀を抜き、着いた血を払った。
「魔族の血も赤いんだ……」
人族と同じ赤い血が魔族にも流れている事など、考えた事も無かった。
魔族など、魔物と同じ。そう考えていた。
この魔族は自分と同じ位の年齢だろうか?
まだ息がある。トドメを刺すべきか、放って置いても死ぬだろう。そんな事を考えていたが――
突如として、剣聖シズカの前に
魔王ミカエル・デストラーデが現れた。
「……ジスを殺ったの?」
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