第三章

第1話 『椿ちゃん家』


 大陸北部の山岳部はまだ冬季の雪が溶けること無く山々を白く染めていた。


 そんな秘境に足を踏み入れるものが2人、深い雪の上を歩き進んでいた。



「寒いぃよぉー」

 ガタガタと肩を震わせながら銀髪の少女は前を進む背の高い頭から尖った耳の生えた剣聖の後をついて歩く。


「ふん!この程度の寒気で弱音を吐くとは最近の若い天使は軟弱だな」


 そんな最近の若いもんはみたいな言い方されてもね。

 若くない天使を見た事無いですね。

 おっさんの天使とか居たらやだなぁ。


「しかし、確かこの辺りだったはずだが……なっ?エイル何しているっ!あっ、やめろ、あっ!」


「ツバキちゃんの尻尾、温い、もふもふたまらん」

 エイルが椿つばきの尻尾をにぎにぎしていた。


「やっ、尻尾はやめ……て、なんか力がっ」


「うふふふふ」

 尻尾に顔を擦り付け暖を取るエイルが止まらない。


「や、やめんか!」


 ゴチンと鈍い音を立てエイルは椿つばきに殴られ数メートル沈んだ。


「痛いよ!そんなに怒る事ないだろ!」


「お前がいやらしい事するからだろうが!変態め!」


 師弟関係になった2人だが、ファミリア王国からの道中はいつもこんな感じだ。


 エイルが椿つばきに弟子入りする際に誓約書を書かされた。その内容とは。


 一つ、師匠ではなく椿つばきちゃんと呼ぶ事。

 一つ、一日十回は「可愛い」と言う事。

 一つ、女の子らしくしろ。

 一つ、修行中は使徒モードで過ごす事。


 実にくだらない内容だった。


 上二つはわがままな新妻か?

 と言うわけで、弟子入りしたけど、女の子らしくが一番辛い。


「ん?椿つばきちゃん!なんか下にあるよー」


 俺は沈められた足元に硬い物があるのを師匠……

 いや、椿つばきちゃんを呼んだ。


「むむっ、これは我が屋敷の屋根だな!なるほど、雪に埋もれていたようだ。エイル、掘り出すから離れてろ」


「はーい」

 どれくらいの範囲かわからないので、翼で空中に飛んだ。


 椿は刀を一振りした。

 すると降り積もった雪がはらわれ、建物が姿を現した。


 思っていたより、小さな屋敷だった。屋敷とは言えないレベルの和風建築の平屋だった。


 屋根は瓦造りではなく、トタン屋根の様で雪国の家らしい理にかなってる造りた。


 屋敷?小屋?の入口扉は引き戸で開きが悪くガラガラと言うより、ギギっバンっ!と音を立てた。直した方が良さそうです。


 玄関を開けると土間、その後ろに1段上がって居間。

 だけである。よくある時代劇に出て来る平民の家だ。

 ただ、違うのは、足の踏み場も無いほどの散らかり様でした。


「ゴミ屋敷じゃねーか!」

 ないわー、マジないわー


「ご、ゴミばかりじゃ無いぞ!ちゃんと必要な物もあるからな!とにかく座れ」


「足の踏み場も無いのに座れないよ!今すぐ掃除するよ!」

「明日にせんかのう。ほら、今日は長旅で疲れたし……」


 ああ、わかった。コイツダメな奴だ。


「明日やろうは馬鹿野郎だよ!」


 と言うわけで着いて早々に部屋の掃除を始めた。

 掃除をしていてわかった事がある。

 本人曰く、それは使うかもしれない、一応とっておいて等が多い。捨てられなくて物が増える一方の典型的なズボラです。


 埒が明かないので今使う物以外は強制処分した。


「酷いのじゃ……」

 口を尖らせ拗ねてるこの剣聖が可愛くみえる。まぁ実際は可愛いと言うより美人なのだが。


 ゴミをほぼ外で焼却したら、ようやく家らしい姿になった。

 居間は畳で12畳ほどの広さで、和室なのに薪ストーブ。

 和と洋がごちゃ混ぜな部屋だ。


 隅にタンスがあり、引き出しを開けると下着が無造作に詰め込まれていた。

 意外な事にかなり派手な下着が多かった。


「やめろ!下着を見るな!恥ずかしい!」

 慌てて、タンスの引き出しを閉められた。


「椿ちゃん可愛いー」

 とりあえずノルマこなさないとだ。


 とにかくその日は掃除と風呂の作り直しで終わった。


「さて風呂入って寝るとするか。一緒に入るぞ!弟子は師匠の背中を流すものだ」


 ああそう言うと思ったよ。


 スルスルと帯を解き、着物を脱いだ椿ちゃんは全身ヒー〇テックだった。

 人に寒さがどうとか言っておいて自分はヒートテッ〇だよ!そりゃ寒くないよね、ユニク〇万歳だよ!


椿つばきちゃんずるいよ!自分だけ温かいの着てさぁ」

「ええい!私は剣聖だから良いの!お前は弟子だろうがい!」


 くそっ!こういう時に師弟関係を出して誤魔化すとは!

 このドンきつねめ!

 上手くやれるか不安です。



「……あの、2人で湯舟はまだ良いとして……なんでこのスタイルなんでしょう?」


 縦長の湯舟に2人入り、向かい合うのではなく、椿つばきがエイルを後ろから抱きしめる様に重なっていた。


「風呂が狭いのだから仕方ないだろう。それに向かい合って見られるのは恥ずかしいだろ?」


 それも一理ある。だが、背中に当たるんですよ、2つのウェポンが。マリン程ではないが充分に育ったそれが。

 こんな姿をミカさんに見られたら血の雨が降るだろう。


 風呂を出て、食事になった。

 部屋のちゃぶ台に油揚げが2枚。


 ……だけである。


 しかも2枚なので、1人1枚だ。


「どうした?油揚げは嫌いか?」


「いや、嫌いじゃないよ、でも言わせて!絶対足らんよね?ご飯とかないの?」


「……すまん、無い。食材がさっぱり無い。ぶっちゃけると、これが最後の食事かもしれない……金が無い」


 あー、なんかダメだ。

 劍の修行以前にやらねばならない事が山積みだ。


 師事する人間違えたかもしれない。


 仕方なく、油揚げを口にした。

「味しないね……」



 食事の後は直ぐに寝る事になった。

 する事無いからだけど。


 またも問題発生である。


 布団が1人分しかない。


「布団1人分しかないじゃん!」


「当たり前だ!一人暮しだからな!」


 しかも、毛布すらないよ!この極寒の地で!


 寒いので銀翼を展開して寝る事にしたが、案の定、椿つばきちゃんに抱きしめられて就寝したのだった。



 翌朝


椿つばきちゃん!起きて!朝だよ!」

 俺はだらしない顔で寝てる剣聖を揺すり起こすが……


「……あと5分……むにゃむにゃ」


 あーダメだコイツ。


 さて、起きる気配ないダメ剣聖は放っておいて、生活改善が必要です。


 まずは食材を何とかしないとだけど……

 こんな極寒の地に何かあるだろうか?

 熊は冬眠してるよね?

 季節的には春なんだけどな。


 ウサギとかいないかな?


 とりあえず外を散策して見る事にした。


 すると、なんか黒い物体が空を飛んでるのを発見した。

 んん?ドラゴン?





 ◇神聖王国セブール領内辺境


 辺境にある古城に十二天将が4人顔を揃えていた。


「こうして会うのは久しぶりですね」

 銀髪の女が変わらぬ姿の古い友人達を見て言った。

 女は乙女座ヴィルゴのスピカ・アストライアだ。


「2年振りでしょうか?たった2年ですよ」

 紫色の髪の男は目を閉じて澄ました顔で言った。

 男は射手座サジタリウスのアルゴだ。


「まぁあっという間ですなぁ」

 赤髪の女が、グラスに入ったワインを揺らし言った。

 女は蠍座スコーピオのマリー・アンタレスだ。


「寝てる間くらいなもんだろ?」

 金髪の男はつい昨日会ったろ?くらいに言った。

 男は獅子座レオのレグルスだ。


「「「それはない!」」」


 3人からツッコミを入れられたレグルスは目を見開き。

「息ぴったりかよ!」


「ところで、よくこんなお城手に入れましたね〜。どうしたんですか?」


「マリーが一儲けして買ったらしいぜ!」


「マリーさん、一体何したんです?」


「フッヘッヘ!エイルちゃん人形がバカ売れですぜ」


「……許可とってますか?」


「あー……」


 勿論、無許可である。


「それで、準備はどーなってんだよ、おいスピカ」


「はい。順調ですよ〜、聖教会の教皇と帝国皇帝はこちらの意のままに動きます。デストロイ要塞に苦戦を強いられていたので、使役した黒竜さんを向かわせてます」


「ご苦労でしたねスピカ。勇者の方は大丈夫ですか?」


「うーん。そこはなんとも大丈夫とは言えないですね〜。ちょっともう嫌です」


「そこを何とかするのがお前の仕事だろが!」


「それと〜敵に正体バレちゃいました〜。ついうっかりポロッと」


 パシーン!

「痛いっ!」


 レグルスが、スピカの顔を平手打ちした。


「てめぇなめてんのかよ!可愛いからってよ、なんでも許されると思うなよ!男に股開くしか出来ねぇくせに!」


「ちょっとレグルス!酷いよ!マリーちゃん、オコだよ!」

 マリーが両手をテーブルを叩き訴える。


 ガッ!

 スピカがレグルスの鼻面を殴る。

「ぐぁっ!……てめぇ!グーで殴りやがったな!」


「……私、暴力振るう男だけは嫌いなんですよ?殺しますよ?」スピカが無表情になりレグルスを見つめる。


「あ?やってみろよ!」

 スピカの胸ぐらを掴みかかる。


「やめなさい!十二天将同士の争いは禁止ですよ。この辺りの地形変えるつもりですか?」

 アルゴが二人を制止する。


「ふん!」

 レグルスが掴んだ手を離した。


「まぁ、スピカもあまりレグルスを刺激しないで下さいね。それと正体をバラした事は反省して下さい。その相手はいずれにせよ消すしかないでしょう」



「それよりも……次の行動についてですが、レグルスは剣聖ウメを、スピカは剣聖シズカを、それぞれ持つ結界石の奪取をお願いします」



「ねぇねぇ、あっしは?」


「マリーは剣聖ツバキの行方を調査して下さい」


「あいよ!」



 使徒が再び動き出す。


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