幕間 『聖女スピカ』


 今代の聖女スピカ・アストライアはビッチである。



 とは言っても男を貪り食うと言うわけではない。

 性の対象は男とは限らない。

 女神アルテミスによって創られた使徒12人の1人。

 乙女座ヴィルゴ十二天将だ。


 アルテミスが誰からも愛される姿形をイメージして造られただけに、その美貌は十二天将でも群を抜くほどの出来栄えだった。

 戦闘力は十二天将では中の上だが、主な任務はその容姿を活かした策謀だ。

 国の王や、指導者、権力者、敵対組織など。

 容姿と魅了で操る。


 誰からも愛される様にと造られただけに、十二天将の中でも彼女を巡り喧嘩になった程だったのはアルテミスの失敗だったかもしれない。


 スピカを巡る十二天将同士の争いで世界の大陸が2つ無くなった。1つは海に沈み、1つは砂漠になった。

 世界の総人口の3分の2を失った時にアルテミスは恐怖した。愛は世界を滅ぼすらしいと。

 以来、十二天将内の恋愛禁止令で、ある意味世界は救われたのが、1000年位前だ。


 男を惑わす女の武器を全て持って造られたスピカには自身が愛する事を知らない。




 ◇300年前


 邪神とされたアルテミスは勇者リョーマに封印された。


 その事を悟ったスピカは戦場と化した地方都市で崩れ落ちた。

「邪神は倒された!我等の勝利だ!」

 人族の指揮官は勝どきを上げた。


「生き残りの使徒を捕らえよ!」

「殺してしまえ!」「公開処刑だ!」


 泣き崩れる暇もなく、容赦ない罵倒と殺意に満ちた人族の群れがスピカを襲う。


 アルテミスの加護を失ったスピカは、その危機的状況を打開する力なく、ただ、泣きながら逃げた。


 怖い!怖い!怖い!怖い!


 初めて恐怖と言う感情がスピカを襲った。


 どれくらい走っただろう?どれくらい日が経っただろうか?

 それすら思い出せない位逃げて来た。


 やがて、人里離れた場所に住む夫婦に出会った。


 何の因果か、その夫婦は主アルテミスを封印した張本人、勇者リョーマと魔女ノアであった。


「あ、アルテミス様の仇!この乙女座のスピカが相手です!」

 二刀のファルシオンを構え、リョーマに斬り掛かるも、かつての力は無く、あっさりと無力化された。

「うっ、うっ、アルテミス様ぁー」


 泣くスピカを2人は家に入れて、質素だが食事を与えた。

「もう、戦いは終わりじゃ、前向いて生きんか!」


 主の仇に施しを受けて尚且つ叱られた。


 前向いて生きる……?

 前向かないと転びますよ?


 スピカにはリョーマの言葉の意味はまだ理解出来なかった。



「アルテミス様の仇ー!きゃっ!」

 またしても返り討ちに合うスピカ。


「ふぅ、これ何度目じゃったか?ノアよ?」

「8度目よ」

 流石に8度目ともなると、スピカの襲撃など、洗濯物を干しながら、少し眺めるくらいの出来事であった。


 襲撃の後は必ずご飯を食べてから帰るスピカを、何だか放っておけないと思い始めるノアだった。

 最早。仇取りたいのか、ご飯食べたいのか解らない。


「他にやりたい事とか無いんかおまんは?」


「……無いですね……私の役割りは殿方を……その、騙すと言うか、喜ばす事しか無かったので……」


「何あんた、うちの人、誘惑してるつもりなの?」

 ノアが鬼の形相でスピカを睨む。


「い、いえ、違います!あの……お二人は何故、一緒に居るのでしょうか?」


「何ってあんた、夫婦は一緒にいるものよ。戦いも、終わって愛を育んでいた所に、あんたが邪魔しに来てるのよ」


「……愛を育む……とは?」


「あなたにも好きな人が出来たら解るわよ」


「好きな人……ですか……」



 それからスピカは愛を探す旅に出た。


 何年か経った頃、辺境の村の近くにある建物で雨宿りをしていた。


「おい!あんた人の家に勝手に入って何雨宿りしてんだ?」


 不意に後ろからオークみたいな人に声をかけられました。

「あっ!申し訳ありません、使われてない馬小屋と思い、失礼しました。豚小屋でしたね」


「お前喧嘩売ってんのか?」


「す、すみません!つい正直に言ってしまいました……生憎、お金の持ち合わせないので、身体で払いますので、お許しください」


「いや、金も要らねぇし、身体でってあんた、自分をもっと大切にしろや。それとナチュラルに失礼な事言ってたな!まぁ雨が止むまで居させてやるから、そっち座ってろ!」


 どうやらこの男性の家だったみたいです。


「俺はベルク・アストライアだ。最近ここに越して来たばかりでな、牧場を始めたばかりだ、適当なもんしか無いが、これでも食え」


 オークの様な人でも名前はあるのですね。

 出されたのは謎のスープでしたが、とても温かく美味しかった。


「しかし、あんた身なりは立派なのに、1文無しとは、盗賊にでもあったのかい?最近は傭兵崩れの盗賊が多いからな、女の一人旅なんて危ねぇな。アテはあるのか?」


 女の一人旅とは珍しいのでしょうか?

 人族の女は旅も出来ない生き物と言う事なのですか。

 とはいえ、行くあてのない旅はやはり不自然のようです。


「……あの、迷惑で無ければ私を置いてくれませんか?勿論、働きます。夜伽でも暗殺でも、命令なら何でも聞きます!」

 誰かに、お願いをするのは、初めてだったかもしれません。いつもは、お願いされている立場でしたね。


「おいおい、暗殺とか物騒な事言うな。夜伽なんて軽々しくするもんじゃねえ!あんたが今まで何して来たかなんて知りたくもねぇ!うちに居てえなら別に構わねぇが、牧場の仕事はして貰う。それでいいか?」


「かしこまりました。貴方を我が主とします。末永く愛して下さいませ……」

 片膝をつけ、礼をする。

 私はこのベルク・アストライアの使徒になった。



 ……はずでした。


 ◇数日後


「主っ!主っ!大変です!このフライパンとやらが熱くて持てません!」


「……バカか!鉄のフライパンを素手で持ったら熱いに決まってるだろうが!火傷するぞ!貸せ!いいか?フライパンは乾いた布で持たねえと熱いんだよ……手ぇ大丈夫か?」


 それからというもの、牛の乳搾りや、餌やり、小屋の清掃、食事の手伝い等、天空城に居た時には見た事も無い事をさせられました。


 それから数年が経ち、私は料理、洗濯、掃除に家畜の世話等は完璧にこなせる様になりました。


 ある時、ベルクが緊張した豚の顔で、家の外、月が綺麗にまん丸な夜、星空の下……言いました。


「スピカ……あの、嫌じゃ無ければ、嫌。違うな、俺と夫婦にならねぇか?俺はスピカを愛してるんだ」


 嬉しかった。

 こんな私を愛してくれる人がまだ居たのです。


 昔、蠍座スコーピオの子が、言ってました。


「なんかねー!愛し合う人族は愛の結晶て言うウェポン作るらしいよ!愛の合体で宝が生まれるってー!」


 なるほど、ひょっとしたらベルクの愛を形に……


「……はい。こんな私で良ければ……」



 こうして十二天将、乙女座ヴィルゴのスピカはスピカ・アストライアになった。


 幸せな日々が過ぎて行った。


 あれから何度、ベルクの愛を注がれただろうか。

 今までに感じた事のない愛を受け止め、私も愛を与えたつもりでした。


 だけど……


 愛の結晶は形に成らず、年月は過ぎて……


「そんなに悲しい顔しないでくれ……俺はスピカの笑顔に見送られたいんだ……」

 ベルクは今年で86歳、村の神官の話しだと、もう寿命だろうと。

 ベルクは歳をとり、私は変わらぬ身体。

 人と天族では流れる時が違うのですか?


「……ごめんなさい……貴方の子どもが出来なくて

 ……」

「何言ってんだよ、俺はスピカだけで充分幸せだったよ。初めて会った日の事覚えてるか?」


「……ええ、私が雨宿りした日でしょ?」


「違うんだ。実は……初めて会ったのは……戦場でさ、知ってたんだ、スピカが使徒だった事……」


 知っていて私を生かしてていた?


「最……初は……かなり警戒してたよ……俺は殺されるんじゃないかって……でもな、必死に人になろうとしてる……スピカを見て、惚れちまったんだな……幸せになってくれ……俺には出来なかった…………」


 ベルクは息をひきとりました。



 ごめんなさい……私の愛が足らなかったせいですね、

 もっと私が貴方を愛せたら、生まれたのですか?

 愛が欲しい……



 それから、私財を売り、私はまた旅に出た。



 100年か200年か、永い時が過ぎた。


 毎年、ベルクの命日は彼の墓に帰る。

 命日は一緒に過ごす。私の決まり事だ。



 ある時、立ち寄った街で古き友に再会した。


「スピカちん?」


「?!……あなた確か……蠍座スコーピオの……!」


「そうですぜ!スピカちん!蠍座スコーピオのマリーとはあっしの事さ!」


 蠍座スコーピオのマリーは今はマリー・アンタレスと言う名で洋裁店を営んでいるらしい。

 昔から針使いだったので、天職のようだ。


「ところでスピカちん……ここだけの話しなんだけど……アルテミス様を助けられるかもしれない」



 アルテミス様を!助けられる?


 どうやらマリーも他に生き残った使徒に聞いた話しらしく、まだ詳細は説明出来ないみたいだ。



 アルテミス様が復活したら、お願いしたい事がある。

 もしも願いが叶うなら……



 私に愛を下さい。



 誰よりも愛されるスピカは誰よりも愛に飢えていた。



 そうしてスピカは邪神復活を目論む組織に身を投じた。





 だが、スピカはまだ気付いて無かった。

 単純に天族には繁殖機能が無いだけなのだと……



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