第17話 『エイル暴走』
「あれ?ここどこだ?」
突然、闘技場から宇宙空間みたいな場所に移動した。地面はあるが、まるで見えない地面のようで、見渡す限り星が無数に流れて行く。
「ここは次元の狭間じゃよ。アチナの子よ」
声のした方へ振り返ると、長い銀髪に紫紺の瞳をした幼女が立っていた。
「ええと、どちら様で?」
「妾の事など良い、だが、急に呼び出してすまんな、かなり危険な状態で、見てられなくてな。ちと強引に呼んでしまったのじゃ」
なんだ?随分ババアみたいな喋り方する子どもだな。あれか?ロリババアってやつか?
「ロリババアとか言うな!」
「え?こ、心読んだな?何もんですか?」
「一応、神みたいな存在じゃよ」
「ところでさー、俺闘技場で勇者プータローと戦ってたはずなんだけど?」
「普通にスルーしたな……それとプータローじゃなくてリュウタロウな」
「似たようなもんだろ」
「ここに呼んだのは、お前に少しだけ力を貸してやろうと思ってな。今のお前では勇者には勝てない。しかも、あの変態はお前を奴隷にでもしたいようじゃ」
勘弁してください。あんな奴の奴隷とか何されるか分からないな。変態っぽいし。目付きがいやらしいのよ!目付きが!
「力貸してくれたら、倒せるの?」
「それはわからん。じゃが一方的な展開にはならんな」
「じゃあよろしく」
「お前軽いな。もうちょっと人を疑った方が良いぞ、因みに反動でしばらくは廃人になるかもじゃが気にするな。では行くぞ!」
今怖い事言わなかった?
意識が、遠のいて行く……
◇再び闘技場
「てんめぇぇぇぇぇ!」
ミカエルが血相を変えて飛びだすが、結界が貼られている為エイルの元に行けない。
が、ミカエルは素手で結界を殴り始める。
素手で結界を割るなど不可能。そんな事くらいはミカエルも承知しているが、いても立ってもいられる訳が無い。
ようやくして観客は事態を飲み込め始め、泣き叫んだ女性やら、リュウタロウに罵声を浴びせるやらで闘技場は騒然とし、今にも暴動が起きそうな雰囲気になっていた。
「姫様!お止め下さい!姫様の手が……!」
ミカエルは自身の拳が砕けても結界を殴り続け、手は血だらけになっていた。
「てめぇ!殺す!絶対殺す!」
「怖いねー、君の仲間。君にはこれから僕と一緒に来て貰うよ。どうやらここには居ずらくなってしまったみたいだよ」
リュウタロウがエイルの身体に触れようとすると、動けないはずのエイルがふらりと立ち上がった。
「な!何故立てるんだ!思考も停止してるはずなのに!」
「エイル!」
ミカエルがエイルを呼ぶが、聞こえていないのか、全く反応を示さない。
やがてエイルの身体に異変が起きた。
ふわふわと風船が上がるように地面から足が離れると、エイルの頭上に光のリングが輝き、背中には光の翼が姿を現す。
その瞬間、エイルから発せられた覇気が、防御結界「聖域」を粉微塵に吹き飛ばし、無効化した。
「聖域が壊れた?」
スピカは自身の展開した聖域が破壊された事に驚くが、それよりもエイルの状態に更に驚愕し、呟く。
「まさか、大天使!でも、この気配は……」
「……敵を排除します」
大天使化したエイルは、無表情のまま無機質な言動を発すると瞬時、リュウタロウに飛びかかり、再生された手で、その顔面を殴り飛ばした。
「ぐあっ!」
ただの一撃。素手で殴られただけのリュウタロウは闘技場の端まで無様に転がって行った。
先程まで無表情だったエイルの顔が不気味な笑みに変わる。
「もうお帰りですかぁ?勇者様ぁ♡」
「お、お前は?……クソっ!殺す!聖剣!」
リュウタロウは刃引きされた剣を捨て、聖剣を空間から召喚し構えた。
「リュウタロウ様!」
聖剣を持ち出したリュウタロウを止めようとスピカがリュウタロウの名を叫ぶが、そんなのお構い無しにリュウタロウはエイルに聖剣を向け聖剣技を発動させる。
「聖剣技、光突!」
光属性の魔力を帯び、光と一体化したリュウタロウが、エイルに光速接近する。
「あはっ♡いらっしゃいませー♡」
エイルが左手をかざすと聖剣技が展開された魔法陣にぶつかった。
「何ィ?貫けないだと!クソが!」
「お客様ぁ♡ポイントカードはお持ちですかぁ?」
「ふざけんなっ!
至近距離での火炎魔法をエイルにぶつけるが、全く無意味であり、火炎弾は消滅した。
「おやぁ、温めご希望でしたぁ?ヘブンズレイ!」
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁっ!」
クスクスと笑いながらエイルが電磁的な魔法をリュウタロウに行使すると、リュウタロウの身体はプスプスと熱が体内から高温度化し、内部から焼かれた。
その一方的とも言える、エイルの戦う姿をミカエルたちは、声を失う。
先程まではリュウタロウに為す術もないエイルだったはずが、姿が一変し、人格までエイルらしくない有様に恐怖感すら抱く。
何かが憑依した。そう考えるのが、一番しっくりくる。今のエイルには、咲野大河の面影すらなく、普段の阿呆っぽさの欠片も見当たらない。
「一体どうしちゃったのよ……エイル……」
「姫様、あのガキ……エイルはあの様な奴なんですか?あんな危ない奴のそばに姫様を置いてはいけません!即刻、帰りましょう!」
「ジス……少し黙ってて」
「失礼しました……ですが」
「ジス!」
「……」
スピカは、エイルが使徒である事に薄々気付いてはいた。確信では無かったが、今確信に変わった。
だが、今のエイルの状態は単なる使徒のレベルを超えており、より高位の天使、大天使あるいは更に高位の存在に近い状態である事に驚く。
そうでなければ、勇者リュウタロウが、こうまで無様な展開にはならない。
「神……」
それもかなりの武闘派な神が憑依してると予想する。アチナ神みたいな弱小女神ではなくだ。
「もう飽きたから殺すね♡」
エイルはリュウタロウに向け右手をかざす。
「クソっ!ボクは勇者だぞ!こんな……」
こんなはずでは無かった。本来なら勇者であるリュウタロウが圧倒的な実力を見せつけ、優越感に浸り、エイルを隷属して持ち帰るつもりだった。
だが、立場が逆転し、死の恐怖すら感じ始めていた。
「そこまでだ!」
不意にエイルとリュウタロウの間に割って入ったのは狐の亜人、剣聖。椿だった。
「これは既に試合にあらず。観客に犠牲が出るぞ!互いに引け!」
「仕方ないかぁ。じゃあね♡」
その瞬間、エイルは糸の切れた人形の様にパタリと崩れ落ちた。
「クソっ!お、憶えてろ!次は油断しない!リズ!ずらかるぞ!」
三下の決めセリフを言いきり、リュウタロウはリズを連れ、転移魔法で姿を消した。
会場は騒然としていたが、とりあえず試合は決着したのだった。
◇
闘技場から意識を戻さないエイルを王宮の部屋と移し、ミカエル達はひとまず街の混乱から逃れた。
街ではエイルが天族と言う話題で持ち切りで、騒ぎが大きくなっていた。
「あのー……私、また置いてけぼりになってしまったのですが、居ても大丈夫ですか?」
静まりかえった雰囲気を破壊したのは聖女スピカだ。
「またかよ!お前の所の勇者のせいで、エイルがこんな事になったのよ!責任とりなさいよ!」
火に油を注いだかのようにミカエルの低い沸点に再び到達した。
「ミカエル。スピカに怒っても何も解決はしない。ここはアチナ様を呼ぶのはどうか?」
セリスが今にも八つ当たりで王宮を破壊しかねないミカエルをなだめるが、そんな事で鎮火する様なミカエルでは無かった。
「あぁん?テメェいつから私に意見言える身分になったんだゴラァ!殺すぞ!」
「あぁ!触る者皆、傷付けるナイフみたいに尖ってる姫様最高です!」
ジスは全てミカエルの行動に味方する狂信者だ。
「やめましょうよぅ!ひとまずアチナ様呼びますからぁ!アチナ様!アチナ様!カモンベイベー!」
ティファが、なんとも珍妙な呼び方をしたが、普通にアチナはやって来た。
「なんだい?」
アチナは部屋の浴室から、ヒョイっと現れた。
どんな仕組みかは謎である。
「あれ?なんでみんなして、PK外して負けた試合みたいな空気になってるんだい?」
「アチナ、お前の娘が勇者と試合して意識不明なんだ。アチナは知らなかったのか?」
「椿ちゃん。エイルが?何がおきたのかな?」
「アチナ様、実は……」
セリスが事の顛末をアチナにも分かる様に説明した。エイル同様、理解力に乏しいアチナは驚く。
「有り得ない事態だね。段階を飛び越え過ぎているね」
「段階って何?分かりやすく説明しなさい!駄女神!」
神にすら尖っているミカエルは健在だ。
アチナに掴みかかる姿はどちらの立場が上か分からない。
「分かったから!首絞めないで!死んじゃう!」
アチナは掴まれた首をさすりながら語り始めた。
「天使には位ってのがあってね……」
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