第18話

「ああ!いい!すごくいいっ!」

 突然、大きな声を出した先輩に、僕は、激しく動揺した。

「マイさん!声が大きすぎますっ!」

 僕は、小さな声で先輩に言った。

「誰かに見られたら、どうするんですか?」

「いいじゃない、別に。誰もいないんだから。」

「こんなところ、誰かに見られたら・・・僕、この会社にいられなくなるかもしれない」

「大丈夫よ~。気にしすぎ」

 先輩は軽く目を閉じた。

「そう、そこそこ。・・・いい。あんっ。あっ、もっと感じさせてっ!強くっ!もっと強く揉んで!」

 

 昼休み。

 人が出払った部屋。

 僕は先輩の肩を揉んでいた。


「確かに僕は、女性の肩を揉むことに抵抗はないと言いました。でも、だからって、これは、ひどいですよ」

 僕は、先輩の肩を親指で何度もゆっくり押した。

「どんな状況でもマッサージできるって言ったのは、ハリーよ」

「僕が言ったのは、大勢の人がいるところで、女性の肩をマッサージするのは抵抗ありませんってことで、誰もいない部屋で2人きりって・・・」

 僕は、先輩の腕をもみほぐしながら言った。

「マッサージされると、つい、声が出ちゃうのよ。聞かれるの恥ずかしいから、人がいないときじゃないと、マッサージ頼めないのよ」

「悪意を感じる・・・。罰ゲームのようだ」

 僕は、そうつぶやいた。


 突然、部屋のドアが開いた。

「キャッ!」

 先輩は慌ててジャケットで顔を隠した。

 ドアの向こうには、僕と先輩の姿を見て、棒立ちになっている男性社員の姿があった。

「おじゃま、した、みたい、ですね」

 青いワイシャツの男性が申し訳なさそうに僕に言った。

「あ!あの!誤解です!僕はマイさんの・・・、その・・・」

 僕は自分でも顔が赤くなっていくのを感じていた。

「お楽しみの声が漏れてましたよ」

 青いワイシャツの男性が言った。その声はとてもトゲがあるように聞こえた。

「声、大きかったかな?」

 先輩は可愛い声で言うと、僕に背を向けて乱れてもいないブラウスをゆっくりと整えた。

「声が大きすぎるって、言ったじゃないですか」

 僕は小さな声で先輩に言った。

「だってぇ」

 先輩は、青いワイシャツの男性を上目遣いに見た。目が合った男性は、慌てて目をそらした。

「ハリー、上手だから」

 そう言うと先輩は、僕をちらりと見た。 

「・・・我慢できなくて、つい」

「・・・」

 先輩は、ジャケットを羽織った。

 僕も、その場にいた男性社員も何も言うことができなかった。

 先輩は、男性社員にニコリと微笑むと、ドアに向かって歩き出した。

 男性社員は、数歩、後ろに下がった。

 先輩が部屋を出る。その直前、先輩が僕のほうを振り返った。

「また、気持ちよくさせてね!」

 唖然とする僕と、口を開けたままの男性社員を残して、先輩は部屋を出た。


 部屋に残された僕は、両手で頭を抱えた。

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