第17話

「そっかあ。カトウ先生が知り合いが講師なるって言っていたのは、ツヨシさん、あ、すみません、ハリーさんのことだったんですね。カトウ先生とは、お友達、ですか?」

 シーバの質問は止まらない。

「カトウ先生は、僕の弟の親友なんです。まあ、子供のころから一緒に遊んでいたから、幼馴染ってところですかね。僕、カトウ先生のこと、キットくんって呼んでいるんですよ。これは、弟がつけたあだ名なんですけど。カトウの前にキットってつけると・・・、あの有名なお菓子の名前になるじゃないですか?」

「キット、カトウ・・・ああ、なるほどね」

「キットくんって呼んでいるのは、僕と弟だけですけどね」

 シーバと一緒に笑った。

 こんなに長く他人と話したのは、久しぶりだった。どれくらいぶりだろう?

 シーバがこんなにも話しやすい人間だとは思わなかった。

「よかった・・・。ハリーさん、おれのこと、怒ってなくて」

 そう言うと、シーバは一口ビールを飲んだ。

「怒る?いやいや、僕はシーバさんに怒るなんて」

「シーバって、呼んでください」

 コップを手にしたシーバが、じっと僕を見つめた。

「おれ・・・、ハリーさんが、好きです」

 僕は、返事に困ってしまい、思わず、下を向いた。

「あ!いや!そのっ!ハリーさんのことが、好きになりました!」

「・・・」

「あっ!だから・・・あの、変な意味じゃなくて、ハリーさんが、ハリーさんのことが、好き・・・あれ?誤解しないでください!」

 僕はどんな表情をしてシーバの言葉を受け止めて良いのかわからなくなった。



 翌朝。

 同じカウンターには、僕と、シーバの叔母さんがいた。

「よく眠れました?」

 僕は小さな声で「はい」と答えてから、みそ汁を飲んだ。

 シーバはまだ寝ているという。

「ごめんなさいね。マナブくん、お酒飲みすぎちゃったのかしら?」

「いえ・・・どうぞ、お構いなく」

「マナブくん、ちっちゃいころから静かな子でね、あんまり自分のことを話さないのよ。こっちに来てからは、学校やアルバイトしているところ以外、出かけることがなくって、お友達がいないのかなって、ちょっと心配していたのよ」 

 叔母さんは僕にできたての卵焼きを出してくれた。

 ほどよく焼けた色の卵焼きが、細長い白皿の上でかしこまっていた。

「ツヨシさんという素敵なお友達ができて、本当によかったって思っているんですよ。母親気分の私が言うのもなんだけど、マナブくんのこと、よろしくお願いしますね。ちょっと生意気な感じだけど、根は人の顔色を気にしすぎるし、優しすぎる子なのよ」

 僕は、シーバの叔母さんに丁寧にお礼を言い、小料理屋を出た。

 透き通るほどの空の色が、僕の心の色のように思えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る