第15話
「泊っていってください。この時間じゃ、もう、個人タクシーも来ませんよ。ツヨシさんが寝る部屋はありますから」
シーバがビール瓶を手に戻ってきた。
「安心してください。部屋は別ですよ」
そう言うと、シーバはいたずらっぽく笑った。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
僕は軽く頭を下げた。
「そうと決まれば、飲みましょう!」
シーバは僕のコップにビールを注いだ。
「・・・で、あの塾には、いつから」
再び静寂になるのが嫌で、僕はシーバに話を振った。
「おれ、塾講師の話がなければ、大学卒業して就職するつもりだったんですよ。実家はそれほど裕福じゃないんで、大学院行きたいなんて言うのはわがままだなって、あきらめてたんですよ。でも、あの塾で働くうちに、大学院へ行こうって・・・決めたんですよ。夏期講習と冬期講習を頑張れば、学費がなんとかなるってことがわかって」
シーバは料理に手を付けることなく、話を続けた。
「オーナーからは店を辞めて、塾講師に専念しろって言われたんですけど。・・・おれ・・・あの店を辞めたくなくて・・・」
「ユリコさんに会えなくなるから?」
「・・・えっ!・・・あ、いや、それだけじゃなくて・・・。店長も、ホリさんも、オーナーもいい人だし、何よりも、働きやすい環境だから、辞めたくないんですよ」
そう言って、シーバは軽く頭をかいた。
「オーナーと相談して、塾の仕事は週3回、お店は週1回ということにしたんです。ただ、講習期間中は仕事が昼が中心になるんで、店にはほぼ毎日通ってます。ツヨシさんがお店に入ったときは、ちょうど、講習期間だったから、毎日、店に行ってたんです」
ふーっと息を吐くと、やっと、シーバは料理を口にした。
「ツヨシさんが僕より年上だってこと、オーナーから聞きました。初めて会ったとき、とても若く見えたのでおれより下だと勘違いしちゃって・・・。本当にすみませんでした」
若く見えたと言われたら、怒る気にはなれない。
「生意気な言葉遣いだったから、気を悪くされたかと思います。おれならすぐ、年上に向かってなんだその態度はって怒るけど。それを表情に出さないんだから、ツヨシさんって、大人ですね」
シーバは、僕を完全に年下だと思い込んでいたのか。嫌な奴だという感情しかなかったが、あの時のシーバは、新人の僕をきちんと教育しようという使命感に燃えていた。そのことに気が付けなかった僕は、紳士としてまだまだ未熟だと思った。
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