第13話
小料理屋で見つめあう僕とシーバ。
2人の間に言葉はなかった。
僕は、どういう口実で席を立とうか考えていると、シーバは突然、眼鏡のふちを触った。
「す、すみません。こういうことに、慣れてなくって・・・」
こういうことってなんだ?と思いながらも、僕は、そのことを口にできず
「あ、いや・・・」
とだけしか答えられなかった。
「ツヨシ・・・さんと、仕事以外の話をしたことがなかったし、ツヨシ、さんが辞めてから、おれのせいじゃないかっって、ずっと、考えてて」
シーバは僕から目をそらし、カウンターに並べられた小鉢に向かって話した。
「あのお店をクビになったのは、僕の愚かさであり、仕事に対する考えが甘かったことが原因なんです。シーバさんが初日に説明してくれたのを、僕が正しく理解しなかっただけで、シーバさんには、一切、非はありません」
少し前に飲んだビールが体にしみてきたのか、僕の口はいつもより滑らかになった。
「優しいですね。ツヨシさん」
そう言うと、シーバはコップに残っていたビールを飲み干した。
「ユリちゃんが惚れるわけだ」
シーバは大きく息を吐いた。
「え?」
僕は、久しぶりに聞く名前に、心がチクリと刺された。
「ユリちゃんって・・・ユリコさん?」
「あ、はい、そうです。ユリコさんです。ツヨシさんが辞めた後も、お店に来てくれています。ツヨシさんがキャバ嬢と駆け落ちしたなんて信じられないって、今でも話しています」
あの店の店長が、僕が店を辞めたのは、キャバ嬢と駆け落ちしたからだと、お客様に話したと、オーナーから聞いた。あの店のオーナーとは、僕の職場の意地悪な上司、S女史だ。
「本当のことを言いたいんですが、オーナーと店長からきつく口止めされてて。元気のないユリちゃんを見ていると、辛くて・・・。自分を責めてしまうんですよ」
シーバは空になったコップを両手でギュッと握りしめた。
僕は、あのお店で働いていたころ、ユリコの接客をしている間、何度もシーバからの視線を感じたことがあった。接客が終わると、ユリコと何を話したのかを聞かれたこともあった。
「好きなんですね、ユリコさんのこと」
僕の言葉に、シーバは小さな声で驚いた。真っ赤な顔で僕を見た。
「やっぱり。顔が赤いですよ」
「いやいや!久しぶりに飲んだから!」
強く首を振っていたシーバだったが、数回行うと、ピタリとその動きを止めた。
「そうです・・・好きです。ユリちゃんのこと」
シーバの顔の色が一層、赤みを帯びた。
「初めてお店に来てくれた時から、ずっと、ユリちゃんのことが気になってました。ユリちゃんから彼氏と上手くいかないと相談されるたびに、おれなら、ユリちゃんを悲しませたりしないのにって思ってました。最近、ツヨシさんに告白したと言われました」
シーバは再び、僕を見た。その瞳に力強さはなかった。
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