第12話

 シーバのまっすぐな瞳を見ながら、僕は、あの時、断っておけばよかったと、心の中でため息をついた。


 シーバと教室でまさかの再会。


 教室長が、シーバに仕事の指示をして、教室を出た。

「あ、あの・・・。授業、見て、行きませんか?」

「あ、はい。そうです、ね」

 シーバの話し方がぎこちなかったので、僕も自然に答えられなかった。

「あと少しで、授業が始まります。授業の風景を少し見たら、講師研修のスケジュールを相談させていただきたいのですが」

「は、はい。わ、わかりました」

 シーバが「講師控室」と書かれた紙が貼られたドアを開けた。ドアの向こうには、背広姿の男女が静かに書類を書いたり本を読んだりしていた。

「授業に行く前にここで、主任やチーフからの注意事項を聞きます」

 シーバが小さな声で説明した直後、白いワイシャツの男性が颯爽と部屋に入ってきた。座っていた男女が慌てて立ち上がった。

「えー、業務連絡です。夏期講習の勤務スケジュールは各自で確認をお願いします。それから、変更がありましたら、できれば勤務予定日の1週間前までに総務へ連絡してください。何度も申し上げますが、急な変更は、代講の先生の手配がつかなかったり、生徒さんが予定を変更せざるを得なくなったりと、たくさんの方に迷惑をかけてしまいます。事件事故に巻き込まれたりですとか、大幅な電車遅延、それから急な病気でない限り、事前連絡にご協力お願いします」

 背広姿の男女は、身動きせず、白いワイシャツの話を聞いていた。

「チャイムが鳴りました。ご指導、よろしくお願いいたします!」

「いってきます!」

 背広姿の男女は大きな声で答えると、ノートや筆記用具などを抱えて次々と講師控室を出た。白いワイシャツの男性は、控室を出た男女を黙って見送ると、部屋に残った数人の男女に向かい

「授業レポートを作成されている先生は、いらっしゃいますか?」

と、尋ねた。手を挙げた一人の先生に

「あ、トミザワ先生だけですね」

と言って、近寄った。

「では、教室へ行きましょうか」

 シーバが声をかけた。

 僕は初めて見る光景をもう少し眺めてみたい気持ちを抑えながら、シーバと一緒に部屋を出た。


 講師控室を出ると、シーバが何回も辺りを見渡した。誰もいないことを確認すると、僕の耳元でささやいた。

「この後、食事でもしませんか?」

 耳元に声と息がかかった驚きで、僕は思わず、一歩下がってしまった。

「あ、すみません。いきなり・・・。この後、予定がなければ、ゆっくりお話がしたいので、お時間をいただきたいのですが」

 急に背筋を伸ばし、シーバが声をひそめるように話した。

 残念なことにデートも何も予定のない僕は、シーバの提案を受けることにした。

 シーバが今まで見たことない笑顔を見せた。

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