第11話

「あの時は、本当に、申し訳ありませんでしたっ!」

 シーバが深々と頭を下げた。僕の目の前で。


 ここは、小さな小料理屋。

 カウンター席だけの店には、僕とシーバしかいない。

「もっと、自分がちゃんと説明していたら、あんな形で店を辞めることがなかったと・・・。何度も、何度も、自分を責めました」

 シーバとは、前の調査で潜入したホストクラブで知り合った。先輩ホストとしてシーバは、僕に細かく指導した。初めて会ったときは、話し方といい雰囲気といい、どうも好きにはなれなかった。僕が探偵をしていることが原因で店を解雇されたときに、「店の決まりをきちんと説明しなかった自分の責任だ」と言って僕をかばってくれたのは、シーバだった。

 店には2週間も勤めていなかったのだが、僕にとっては、あの店も、シーバも、忘れがたい存在だ。

「いや、あ、あれは、僕が・・・その・・・。僕が悪かったんです」

 僕は、恥ずかしさを隠すため、コップに注がれたビールに口をつけた。

「マナブくん、ツヨシさんがお店を辞めてから、毎日のように、ツヨシが辞めたのは自分のせいだ、自分が悪いって、言ってたのよ」

 昭和という言葉がよく似合う、白い割烹着姿の女性が、料理をカウンターに出した。

「おばさん!」

 シーバは顔を真っ赤にしてうつむいた。

「さっき、ツヨシさんを店に連れてくるからって、電話がかかってきたとき、マナブくんの声が弾んでいたのよ。まるでね・・・」

 そういって、割烹着がよく似合う女性が、シーバを見た。

「付き合ってる彼女を紹介するみたいなの!」

「おばさん!やめてよ!」

「だって~。あんなに嬉しそうなマナブくんの声聞くの、久しぶりだったんだもん!」

 割烹着がよく似合う女性は、料理を何品かカウンターに置くと

「ごゆっくり。電車が無くなったら、泊まっていっても構わないからね」

そう言って店の奥へ入っていった。

「すみません」

 シーバが何度も頭を下げた。

 白い割烹着の女性は、シーバの叔母さんで、シーバは叔母さんと一緒に暮らしているそうだ。僕たちがいる小料理屋は、叔母さんの自宅兼お店で、シーバは店のカウンターで夕飯を済ませているという。

「ツヨシさん、明日も仕事ですか?」

 そう言って、シーバは眼鏡のふちを触った。

「いや、土日は休みなので・・・」

 僕は、料理に箸をつけた。

「あの・・・。今日は、帰らないでください!」

 シーバが言った。

 僕は箸を動かすことができず、シーバを見た。

 僕を見るシーバの目は、動くことがなかった。

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