第10話
時間があるから、と、教室長が教室を案内してくれることになった。
「カトウ先生は・・・今日は、出勤していない、か。ま、先生と同じ年代の先生が多いから、問題ないでしょ」
教室長が独り言を言っているのかと思ったら、僕に話していた。
面接を行った事務室と呼ばれる部屋を出た。階段を下りる途中で、子供たちの声が聞こえてきた。
「今、授業が終わったところです」
教室長が小さく笑った。
「一番活気のある時間です。ここには、小学1年生から高校3年生までの生徒さんが通っています」
「小学、1年生ですか?」
「そうです。うちは補習がメインですけど、中学受験を見据えて小学1年生から塾へ通うお子さんもいるんですよ。3年生ぐらいなったら、大手の受験専門塾に通うためのテストに合格するためですけどね」
「中学、受験、ですか?」
僕は、先生と冗談を言い合う小さな子供や、大きな声であいさつをして教室を出る小学生ぐらいの子供の姿を見ながら、こんな小さな子供が受験を意識しながら生活しているのかと、ぼんやり考えていた。
「先生、中学受験のご経験は?」
不意に、教室長から質問された。
「・・・ありません。僕、わ、私は、高校まで公立で」
「それで海外の大学へ進学されたんですか。優秀ですね」
優秀。心が温かくなる言葉だ。お世辞だとしても、嬉しかった。S 女史は、一度も僕を誉めない。あの上司の下で長年仕えているが、そろそろ、僕の能力を評価してくれても良いものだ。
「いや、それほどでも」
ここで、謙遜するのが、紳士たるもの。僕は、今日一番のいい顔といい声で答えた。
「気を付けて帰れよ!」
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。忘れかけていた記憶がよみがえった、というのか、ただ単に懐かしい、というのか。少々とげのある、低い声だった。
教室長が、子供に声をかけた長身の背広姿の男性を呼び止めた。
「イシバシ先生」
その男性は、僕の顔を見ると、動きが止まった。
「こちらが、ハセガワ先生。とりあえず、夏期講習会だけなんだけど、英語を担当されます」
長身に眼鏡。背広姿がよく似合うその男性は、シーバだった。
「は、はじめまして。イシバシです。よろ、よろしくお願いします」
シーバは、軽く頭を下げた後で、軽く眼鏡のふちを触った。
「ハ、ハセガワです。どうも。あ、よろしくお願いします」
僕は、深々と頭を下げた。
「イシバシ先生、ハセガワ先生、講師未経験だから、いろいろと教えてあげてくださいね」
教室長の言葉に、僕とシーバは同時に、何も言わず、深く頭を下げた。
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