第6話
「こ、恋のキューピットって・・・。僕、そんな柄じゃないし。キットくんが自分の気持ちを伝えれば、すぐに付き合えるんじゃないの?」
そう言うと、僕は冷めきった飲み物を口に含んだ。
「傷つきたくないんです!ボクが、ハリーさんみたいに、黙っていても女の子が寄ってくる男だったら、こんなお願いしませんよ」
しばらく、僕とキットくんの間に沈黙が流れた。
お互い、何を言っていいのかわからず。
空になった飲み物のカップを口元に運んでみたり、携帯電話をいじってみたりしながら、相手の出方を伺っていた。
店内の客は増えることはなかったが、僕たちから数メートルほど離れたところから、豪快な女性の笑い声が聞こえるようになった。
「キットくん」
僕は帰ろうと、キットくんに声をかけた。
「僕は、その・・・、塾で働くのは・・・」
「ハリーさん、そのことは心配しないでください」
キットくんは小さな声で答えた。
「教えた経験ないんで・・・」
「大丈夫ですよ!」
僕の弁解を、キットくんの声が遮った。
「そこの塾長、パパと友達なんで、ハリーさんが偽名で働けるように話をつけてあります」
「・・・え?何のこと?」
キットくんの話を断ろうとしていた僕は、キットくんの言っていることが全く理解できなかった。
「会社に副業がバレたら、ハリーさん、クビになっちゃいますよね?別の名前で働けるように、パパから教室長に頼んでおきました。教室長が、ボクの友達なら大丈夫だろうってことで、特別に違う名前で働くことを認めてくれたんですよ!」
僕は、怒ることも、驚くこともできなかった。
ただ、キットくんを見ているだけだった。
「名前のことは、もっと早く相談したかったんですけど。ちょうど、プレ夏期講習で講師が必要だっていうから、ボクのほうで勝手に名前付けて、書類出しちゃいました」
「ちょ、ちょっと待ってよ、キットくん」
僕は、ダムのようにあふれ出るキットくんの言葉を止めた。
このまま黙っていたら、僕は塾講師にされてしまう!
「何言ってるか、さっぱりわからないよ!」
「塾で働くとか、偽名を使うとか。僕の知らないところで変なことをしておいて、僕に恋のキューピットになれだなんて。キットくん、勝手すぎるよ!」
僕の言い方がきつかったのか、キットくんは涙目になった。
そのまま下を向き、黙ってしまった。
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