第4話

「コトを済ませてからでも良かったのに」

 キットくんがニヤニヤしながら僕を見た。

「キットくん、からかうなよ。職場の先輩がいじめてるんだよ」

 僕はキットくんをにらみながら、ホットのストレートティーを飲んだ。

「お取り込み中なら、そう言ってくれれば・・・」

「だから、本当に、何もないって!」


 職場近くのファーストフード店。

 平日の夕方だというのに、客は僕たちを含めて10人もいなかった。

 誰一人、僕たちに注目することなく、本を読んだり、ノートパソコンをいじったりしていた。

 僕たちは、一人の時間を満喫している人の邪魔にならないような場所に座り、少し小さな声で話をしていた。


「キットくんが考えているより、僕は真面目で誠実な男なんだから」

「ボクが考えているハリーさんは、いつも女性に囲まれていますけどね」


 キットくんは、弟の親友だ。

 親友である弟に言えないことや頼めないことをいつも僕に相談してくる。

 弟には「親友だから、気を使わせたり心配をかけたくない」とキットくんは言うが、だからといって親友の兄貴にあれこれ相談を持ち込むのはいかがかと思う。


「話って、何?」

 僕は温かい紅茶を軽く口に含んだ。

「ハリーさんに調べてもらいたいことがあるんです。もちろん、タダでとは言いません」

 そう言って、キットくんはテーブルに「講師説明会資料」と書かれたA4サイズの冊子を出した。

「ボク、今、塾でバイトしているんですけど。そこで一緒に働いている女の子と、ちょっと・・・」

 キットくんは、急に黙ってしまった。

「ケンカしたの?」

「違います。その逆。いい感じなんです」

「へ、へえ」

 キットくんの顔を良く見てみると、なんだか嬉しそうだった。

「まだ、付き合っていないんですけど。向こうも、ボクのこと、嫌いじゃないと思うんで」

「ちょっと待った!」

「はい?」

「ミコちゃんとは?」

 そういった後で、僕は、自分が地雷を踏んでしまったことに気がついた。

 キットくんの表情が、一瞬で変わった。

「別れましたよ。ハリーさんの、おかげでね」

 キットくんはありったけの憎しみを込めて僕をにらんだ。

 ミコちゃんとは、キットくんが付き合っていた女性。同じ映画を何度も見たキットくんとの別れを決意したミコちゃんに、僕が背中を押した。とキットくんは信じている。

 僕は、キットくんの鋭い視線にひるみそうになったが

「僕のせいじゃないよ。あれは・・・ミコちゃんが、自分で決めたんだ」

と、平静を装うのが精一杯だった。

「まあ、そういうことにしておきますよ」

 深いため息をついたキットくんは、コーヒーを一気に飲んだ。

「そのおかげで、今の出会いがあったわけですからね」

 キットくんは紙コップに向かって話しかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る