第3話

 あわてて目をそらすと、僕の携帯電話の待ち受け画面に「キットくん」の文字が表示された。


「ハリー、彼女からぁ?」

「違いますよ。友達ですよ、友達」

「女の子の電話番号を男の名前で登録する男子、いるらしいですよ、マイさん」


 僕が気づくより先に、待ち受け画面の表示を見たS女史が先輩に言った。


「代わりに出てあげようか?ハリー」

「やめてくださいっ!」


 間一髪のところで、携帯電話を手にした僕。

 二人の女性に聞こえるように電話に出た。

 先輩が電話に出たら、キットくんが勘違いするところだった!


「あ、キットくん?どうしたの?」


 キットくんは、本当に男なんだ!と、僕は目で2人に訴えた。

 2人は互いに顔を見合わせて笑っていた。


「ハリーさん。ご相談したいことがあるんですけど」

「ハリー、誰と話してるの~?あたしの知らない女から~?」

 携帯電話をはさんだ反対側で、先輩がキットくんに聞こえるような大きな声で僕に話しかけてきた。

 受話器の向こうでキットくんの「えっ」と小さな声が聞こえた。


「・・・お忙しいところ、すみません。今、ハリーさんの会社の近くまで来ているんですが、今、会社に、いらっしゃらないんですか?」

「会社だよ!会社にいるよっ!」

「ハリー!いつまで電話してるの~?まだ、途中じゃない」

 キットくんとの会話を、先輩が邪魔する。

「別に・・・急いでいるわけじゃないんですけど。ハリーさん、何時になっても構わないんで、会えませんか?」

 キットくんの声は、いつもとは違っていた。

 僕は壁にかかっている時計を見た。

 退社時刻まであと5分だ。


「あと5分で終わる。急いで行くから、近くのファーストフードの店で待ってて」


 その答えを聞いた先輩がすぐに反応した。

「ハリー、いっちゃイヤ!イクときは一緒って言ってたじゃな~い?」

 電話の向こうのキットくんが一瞬、黙った。

「ハリーさん。ボク・・・、お邪魔してしまったみたいですね。終わるまでお待ちします」

「そっ、そんなことないよ。もうすぐ終わるからっ!」

「あたしと終わりにするの~?いや~っ!」

「マイさんっ!静かにして下さいっ!・・・あ、もしもし。キットくん。なんでもない。大丈夫だから」

 僕は先輩に背を向けた。

「だめーっ!イカせないから!」

 先輩の色っぽい声が、背後から追ってきた。

「・・・ハリーさん。そんなに急がなくてもいいですよ。待ってますから。終わるまで。何時間でも」


 携帯電話をカバンに押し込み、上着を持って部屋を飛び出そうとした僕を、先輩は呼び止めた。


「やっぱり、イっちゃうんだね。ハリー」

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