第47話 第3部 その6

 吉原大門をくぐり抜けて飛び立った飛行機は、ぐーっと上空へ上がると大きく右へと旋回した。

 ほんの数分も経たぬうちに、今度は上野駅東口側の大通りへ、着陸する。

 そこでもまた、吉原同様の人々の騒ぎがあったが…。

 夜の上野の東側は、吉原ほど賑やかではないので、騒ぎといっても、ぐっと小規模である。

 飛行機が着陸して止まったのは、上野警察署の前である。

 飛行機から飛び下りた橘藤は、そのままズカズカと、上野署の中へ入ってゆく。

 そしてそのまま、階段を上がってゆく。

 すると上から、例のゴマ塩頭にゴマ塩髭の署長が、帰り支度で下りて来たのであった。

 橘藤の姿に署長は一瞬ギョッとなったが、

「おやおや橘藤さん、こんな遅くに何の御用で」

 とニコヤカに云うのであった。

「ちょうど良かった。あんたに用がある」云いながら橘藤は拳銃を抜いて、署長に向ける。「ある場所に案内してもらおうか」

「な、何をする…」

「内務省特命第69号は知ってるだろう?あれが「法悦丸」に関わっている連中、製造場所に関して発令された。これ以上云わなくてもわかるな?」

 署長は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 署長は橘藤と共に上野署を出た。

 その背には橘藤の握る拳銃が突きつけられているが…。

 橘藤が署長の背後にピッタリ付いているので、表からは拳銃は見えない。

 上野署員たちも、少々訝しげな顔はしたが、そのまま二人を見送った。

 上野署を出ると、署長は右へ行こうとする。

「おっと、そっちではあるまい」橘藤は正面を顎でしゃくる。「俺を案内するのは、こっちのはずだが」

 通りをはさんだ正面に建つのは、産婦人科の立派な病院である。

「しかし、もう夜だ」署長は道を渡りながら云う。「とっくに閉まっている」

「開けさせろ」橘藤は冷ややかに云う。「緊急時の合図ぐらい、あるんだろう?」

 橘藤と署長は、病院の入口前に立った。

 署長の背を、橘藤の拳銃が小突いた。

 渋々、といった様子で署長が云った。

「開け、ゴマ!」

「こんな時に冗談を云う余裕があるのかね」

 橘藤は呆れ顔で云ったが…。

 中の灯りがパッと点き、入口の鍵がガチャリと開く音がした。

 閉ざされていた扉が、スーッと開いた。

「さあ、どうぞ」

 署長が橘藤を見て、云った。

 橘藤は入りかけて、一瞬署長がほくそ笑むのを見た。

「あんたが先だ!」

 橘藤はそう云うと、署長の肩をつかんで、尻をドンと蹴って中に押しやった。

 たたらを踏みながら、署長は中へ飛び込んだ。

 とたんに…。

 パン!パン!パン!パン!

「うぎゃあああああ…ッ!」

 四方八方から狙撃された署長は、全身蜂の巣になりながらカンカン踊りを踊って、床に倒れ伏した。

 橘藤は拳銃を引き抜き、扉の陰から中の様子を伺う。

 パン!

 撃って来た。

 ズキューン!

 橘藤は撃ち返す。

 そしてそのまま、中へ向かって飛び込んで床の上を転がりつつ、さらに二発撃った。

 ドサッ!

 上の方から、男が一人落ちて来た。

 橘藤は素早く身を起こす。

 すると…。

 凶悪なツラ構えの男たちが、ゾロゾロと姿を現わした。

 拳銃を握っている者、匕首あいくちやドスを手にしている者…その数、十数人ほどである。

 そこは、病院の受付の待合室であり、高い吹き抜けのホールになっている。

 橘藤はニヤリと笑って云った。

「産婦人科に一番縁のなさそうな連中がそろっているな」

「野郎!」

 匕首を持った男が一人、そう叫びながら踊りかかって来た。

 ズキューン!

 橘藤はたちまちこれを射殺する。

「チクショー、やっちまえ!」

 男の一人が叫ぶと、敵は一斉にワーッと襲いかかって来た。

 と…。

 彼らの頭上で、何かが煌めいた。

 いや、それは煌めいたのではなく…。

 クルクルッと、何かが回転したのだった。

 そして。

 スタッ!

 橘藤と凶悪なツラの男どもの間に降り立った雪華は、すぐさま身構える。

 すかさず橘藤は、雪華と背中合わせになる。

「ケッ、女か。しゃらくせえ!」

 ドスを振りかざして、そう叫びながら男が一人突撃して来る。

「ギャッ!」

 たちまち、雪華にドスごと腕を斬り落とされた男は、倒れて床をのたうち回る。

「死にたくなけりゃ、失せな」雪華は口辺にうっすら酷薄な笑みを浮かべて啖呵を切る。「残ったヤツは、覚悟しな」

 あまりの鮮やかさに、男たちは一瞬息を呑んだが…。

「クソッ!」

「てめえ!」

 双方から拳銃と匕首で攻撃して来る。

 雪華はパッと飛び上がり、橘藤はサッと身を屈める。

「ギャッ!」

「ワアッ!」

 男どもの叫び声が上がり、拳銃を撃った奴は雪華に腕を斬られ、匕首の奴は橘藤に撃ち倒されていた。

 雪華に腕を斬られた男どもは、血まみれになって床でのたうち回っている。

「止めを刺せ!」

 橘藤が叫ぶと、

「助けてやってんだ。指図するな!」

 と雪華は云い返す。

 橘藤は舌打ちして、のたうち回っている奴を撃った。

 雪華はハッとして橘藤を睨むが…。

「「法悦丸」工場はこの地下だ。行くぞ」

 そう云って橘藤は、駆け出している。

 雪華はなおもしつこくからんで来る男たちを、致命傷にならぬが動きは封じられる所を選んで斬りつつ、その後へ続く。

 地下への階段へ駆け込んでもなお、男たちは追って来る。

 そして…。

 階段の下からも、数人の男たちがこちらに向かって来るのであった。

 その先頭に立って匕首を振りかざしている男を、

 ズキューン!

 橘藤は射殺したが…。

 カチッ!

 そこで弾切れとなった。

 舌打ちして拳銃を放り出した橘藤が、懐中から取り出したのはライターである。

 続いて向かって来た男は一瞬呆気に取られたが、ニヤッと笑って拳銃を橘藤に向けた。

 カチッ!

 橘藤がライターのスイッチを押すと…。

 シュッ!

 軽い音がして、拳銃を構えた男の額に穴が開いた。

 男は呆然とした表情のまま、もんどり打って階段を転げ落ちてゆく。

「悪いが」橘藤は雪華に云う。「俺の方はもう弾切れだ。ここを何とか防いでおいてくれ。じゃ」

 橘藤は雪華に手を上げニッと笑うと、なおも下から向かって来た男を蹴倒して、階段を駆け下ってゆく。

 あれ、片脚引きずってなかったっけ…?

 雪華は舌打ちして、うんざりしたように、男たちに対峙する。



 階段の下の扉を蹴破って、橘藤は中に入った。

 扉の脇を探ると、スイッチがある。

 点けると、明るくなった…。

 そこは、床も壁も白のタイル張りで、一見何かの研究室のようであるが…。

 しかし、らしからぬごつい機械も、デンと据えられている。

 橘藤はぐるりとそこを見回していたが、やがてニヤリと笑って、部屋の隅へ行った。

 何も記されていない木箱が、幾つも積み上げられている。

 木箱はフタがされていない。

 橘藤はその一つに手を突っ込んで、中身を無造作につかみ出した。

 二本のビンがその手につかまれていた。

 ビンには「法悦丸」のラベルが貼ってある。

 と…。

 そのビンが二つとも床に落ちて、割れた。

 橘藤が両手を上げたのだった。

 橘藤の後頭部に、拳銃が突きつけられている。

 表のヤツを全部倒し終えた雪華が、部屋に入って来た。

 雪華はこの様子を見て、すぐさま身構えたが…。

「やめろ」橘藤に拳銃を突きつけている人物が云った。「こいつを撃つぞ」

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