第49話 そうだったのか2


 伊知子いちこの問いに、電話の向こうから戸惑いが感じられた。


『……これは和泉いずみの携帯ですが、あなたは和泉とはどういうご関係ですか?』


 丁寧ながらも聞き返され、さらに眉を寄せる。


「失礼ですが、あなたこそ……誰なんですか?」


 伊知子はそう口にしながら、思わず目の前の宇宙人を睨んでいた。


 宇宙人の着ぐるみを着た和泉さんは、どうやら携帯電話を誰かに預けているらしい。まったく予想外で苛立たしいが、そんなことに意味があるように思えなかった。しかも、電話の向こうは何かを躊躇しているようで、まだ答えが返ってこない。


「いいから、早く和泉さんに代わってください!」


 手っ取り早く声を荒げる。


 自分にとって必要なのは、和泉さんが電話に出れないという事実だけだ。


『僕は和泉の友達の貝塚かいづかです。和泉は今、電話に出られません』


 やっぱり。


 これで、和泉さんが宇宙人のふりをしているという可能性を否定できなく――




『和泉は今、手術中です』




 ……え?


「和泉さんが、手術中?」


 驚いて、思わずオウム返ししてしまった。


 他にも協力者がいない可能性がないわけではなかったけれど、咲希さきには協力してくれる友達など和泉さん以外にはいないと思い込んでいたのだ。


 しかし、電話越しの言葉が本当だとすれば、目の前の宇宙人の正体は、


「あなたは、誰なんですか?」


 まっすぐに問いかけると、宇宙人はびくりと震えた。


 何をする気なのかと窺う伊知子の前で、宇宙人はそのまま体を反転させた。


 一呼吸分の間を置いて、宇宙人は足を動かし――に、逃げ始めた!


 触手を束ねたような胴体が邪魔をしているし、その必死さに比べれば小走りぐらいの速度しか出ていないけれど、宇宙人の姿は確実に遠ざかっていく。


「ちょっとあなた! 待ちなさいっ!!」


 思わず口を開いた伊知子の手を、誰かが握った。


「お母さん! 携帯貸してっ!!」


 それは、逃げ惑う宇宙人などに目もくれず、まっすぐこちらを見つめる咲希だった。


 その瞳の力強さに、何も言えなくなって伊知子は携帯を渡す。


「和泉君が手術中って、どういうことなの!?」


『――』


「和泉君が刺された!? どこの病院!?」


 取り乱す娘の姿を見ながら〝そうだったのか〟と、ようやく伊知子は気づいた。


 自分の娘は、誰よりも宇宙人にのめり込んでいる女子高生だったと、伊知子は思っていた。開発ミスかと思うほどの不味さの〝宇宙人の生き血〟を毎朝飲み続けているし、本当は服やお洒落に使って欲しいお小遣いは宇宙食やら宇宙人関係のグッズに消えてしまうし、寝る前には体調が悪くても天候が悪くても、必ず宇宙人を呼び出す儀式をしてから寝るような娘だ。そののめり込み具合は、一緒に生活していないと実感できないほどだろう。


 そして、そんな――何よりも宇宙人を最優先にする娘だからこそ、心から心配していた。


 だから、娘の目の前に謎の宇宙人がいたとしたら、その正体を暴くことを最優先にすると、伊知子は思っていた。


「お母さん」


 しかし、違ったのだ。


「行かなきゃ」


 すがるような娘の視線を前に、ようやく理解した。


 この子はもう、宇宙人よりも大切なものを、すでに見つけられていた。


「……店長さん?」


 伊知子はそろりそろりと逃げ出そうとしていた大男に声をかけた。


 熊のような巨体の男はぎくりと体を硬直させている。


 そして、伊知子は頭を下げた。


「私たちを、病院まで送ってください」


 大男は戸惑いながらも、ワゴン車の扉を開く。


「急いで行くので、早く乗ってください」


 伊知子と咲希は大男の車に乗って、和泉のいる勝宮総合病院へと向かった。

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