第48話 そうだったのか1


 これでようやく、私たちは普通の親子に戻れる。


 伊知子いちこのそんな思考を断ち切るように、道の向こうから車の排気音が聞こえてくる。目線をやれば、黒いワゴン車が走ってきていた。二人で道の端に寄ってやり過ごそうとしたが、何故かワゴン車は畑の横に車体を寄せて停車する。


 伊知子が訝しんで見つめる先で、運転席から大男が降りてきた。


 どこか見覚えのある大男は夏真っ盛りなのにも関わらず黒い背広姿で、しかも黒いネクタイをしており、顔には黒いサングラスをかけていた。まるで映画の『メン・イン・ブラック』に出てくるKと呼ばれる人物、トミー・リー・ジョーンズを真似したように感じたのは、自分が宇宙人関係の知識に長けているからかも知れない。


 そして、そんな連想は、ある意味で正しかったらしい。


 黒い背広の大男は、おもむろにワゴン車を回り込み、後ろの扉を開いた。


 思わず身構える伊知子の前で、大男はそれを車から降ろした。


 それは、見覚えのある宇宙人だった。


 頭が丸くて大きく、そこに触手を束ねたような寸胴な体が続いている。いわゆる火星人といわれるタコ型で、うねるように動いている触手とぎょろりとした目玉はホラー映画のようにリアル思考だったし、『マーズ・レイド』で最初にこの宇宙人と遭遇した地球人は「化け物だ!」と言って逃げ惑ったのだ。


 伊知子は鷲崎わしざきの影響で様々な宇宙人関係の映画を見ていたけれど、その中で最も馴染みのある――それは、自分が中古屋に売り払った着ぐるみに違いなかった。


 うねうねと触手を動かす宇宙人を見て、伊知子はそれを、とんでもない茶番だと思った。


 どこかで見た覚えのある体格の大男も、考えてみればあの中古屋の店長で間違いなかったし、そういえば和泉いずみさんはあの中古屋で働いているとも言っていた。つまり、その中古屋の店長が和泉さんを手伝う可能性があるのは間違いない。


 伊知子は小さくため息をついて、しっかりと意思を示すために深呼吸した。


「和泉さん、どういうつもりですか?」


 口を開きながら、その姿勢を保つことに伊知子は集中する。


 昔から、自分は怒るということが苦手だった。


 それは、自分に自信がないからだ。誰かと衝突した時に、自分の方が悪いのではないか? という不安が先に生まれてしまって、後から考えてみれば自分の方が正しいのではないかと思えるような事柄でも、ついつい自分が先に折れてしまうのだ。そうやって波風立てないことも一つの処世術ではあるし、自分がそうやって生きてきたのは自分のせいであって、自分が不利益を被るのは仕方ないと思ってしまうこともある。


 しかし、今回は違う。


「こんな茶番で、私は納得しませんよ?」


 自分は、できるだけ怒らなければならない。


 それで咲希さきが傷ついたとしても、自分は宇宙人の存在を否定しなければならないのだ。


 鷲崎のコレクションを捨てた時だって散々迷った。でも、それが咲希のためになるのだという想いは変わらなかったし、それこそが、自分のするべきことなのだと、伊知子は今でも信じている。娘を変えることができるのは、それこそ宇宙人以外には、自分しかいないのだから。


「その宇宙人の正体は、和泉さんでしょう?」


 目の前でうねうねと触手を動かし続ける宇宙人に口を開く。


 早く、こんな茶番は終わらせなければならない。


 しかし、そんな想いに気づいていないのか、宇宙人は答えるでもなく、ただただその触手をうねうねと動かし続けていた。それが癪に障って、思わず化けの皮を剥いでやろうかと思って、事前に考えていた方法を試すことにする。


 ポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。


 電話の相手は、もちろん和泉さんだ。


 着ぐるみの中とはいえ、貴重品の携帯ぐらいは持っているだろうと伊知子は考えていた。


 着ぐるみから携帯の着信音やバイブレータなどの音が漏れれば犯人の正体を認めているようなモノだし、逆に和泉さんが電話に出られなければ、それもまた目の前の宇宙人が和泉さんではない証拠を消すためのアリバイを崩せる。つまり、この後で仮に宇宙人に逃げられたとしても、和泉さんがこの宇宙人の正体であるという証拠に繋が――


『もしもし?』


 意外なことに、相手が通話に出た。


 しかし、目の前の宇宙人は相変わらず触手を動かし続けていて、着ぐるみの中から通話しているとは考えづらい。


 伊知子は眉を寄せ、思わず耳から携帯を離して液晶画面を見てみる。


 液晶画面には登録した〝和泉〟という名が表示され、通話中と文字が続いていた。


 かけ間違えたわけでもない、らしい。


「和泉さんの携帯ですよね?」

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