第46話 宇宙人の痕跡


「どんな結果になっても、後悔しないように、ちゃんと納得しなさいね」


「……わかってる」


 切通きりがよい伊知子いちこは、義母の畑へと娘の咲希さきと向かっていた。


 どうしてそうなったのかと言えば、咲希が学校から帰るや否や〝一緒にミステリーサークルに変化がないか確認して欲しい〟と伝えてきたからだ。咲希の真剣な様子に異を唱えることなどできなかったし――今日、無事に何もなければ、咲希はようやく鷲崎わしざきや宇宙人の束縛から解放されることになる。


 しかし、あの畑で和泉いずみさんが何かをしようとしていることは容易く想像できる。


 そして、伊知子はそれを受け入れる気はなかった。


 それどころか、自分の想像の付く範囲での方法を和泉さんがとるのであれば、それを否定する方法も伊知子は考えてきた。そもそも、宇宙人の存在を証明することなど不可能なのだから、自分はどっしりと構えていれば、それで十分だとも伊知子は思う。


 伊知子は隣の咲希を気にかけながら、ゆっくり坂道を上り続ける。


 山の中腹にあるこの小道は両脇を雑木林に囲まれている。


 見上げれば空はまだ青く、真っ白な入道雲が上っていた。


 蝉の音が馬鹿みたいに降り注いでいて、忌々しいぐらいに清々しく、これほどの快晴は珍しいとすら伊知子は思った。


「お母さん」


「どうしたの?」


 不意に話しかけられて、伊知子は聞き返す。


「いつも迷惑かけて、ごめんなさい」


 娘の言葉に、伊知子は薄く笑った。


「謝るべきなのはお母さんの方よ。昨日、謝ったでしょ?」


 正直に言えば、娘の宇宙人信仰には本気で悩んでいた。


 何よりも宇宙人を最優先に行動するこの娘は迷惑――といえば迷惑なのだろうけれど、伊知子はそれを咲希の責任だと思っていない。いつも好き勝手に生きていた鷲崎こそが元凶であって、そんな夫をしっかりと見つけられなかった自分にこそ責があるのであり、本当に悩んでいるのは娘の方だと、伊知子は心の底から思っている。しかし、だからこそ、娘がちゃんと大人になれるように、自分はそれを断ち切らなければならないのだ。


 このまま変われなければ、咲希は幸せになれない。


 娘を誰かが、変えてあげなければならない。


 だから、自分のやっていることは正しいのだと、伊知子は思っている。


 歩き続けて、不意に視界が開けた。


 二人は目的地に着いたのだ。


 わざわざ山を切り開いてできた畑は、荒れ放題だった。


 腰の高さほどまで伸び放題の雑草が一面を占めているが――それは人為的に倒され、複雑な幾何学模様へとその姿を変えていた。直径で三十メートルはあるだろうミステリーサークルは素人が作ったにしては見応えがある出来で、これが何かのイベントで作られたモノなら、伊知子は素直に賛辞を贈るかもしれない。


 しかし、伊知子の目に映ったのはそれが全てだった。


 和泉さんと咲希はあれからミステリーサークルを完成させたようだが、それ以外にはまるで変化がなく、特に宇宙人の痕跡のようなモノは見つからない。


「何もない、みたい」


 声が聞こえ、隣を窺ってみる。


 咲希は目を伏せ、諦めるように笑っていた。


 気丈な振る舞いに、ちくりと胸が痛む。


 でも、これでいいのだ、とも伊知子は思った。

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