第43話 勘違い1


 焼却炉を横目に校舎裏へ行くと、見覚えのある男子生徒が立っていた。


 彼は和泉いずみよりも背が高く、体格もがっしりしている。体は鍛えられているように思えたし、貝塚かいづかの知り合いだから、もしかしたらサッカー部の先輩かも知れない。近くで見ると威圧感があるけれど、これも和泉が人見知りだからだろうか。


「和泉君、待ってたよ」


 彼は片手を上げ、目を細めて笑みを浮かべた。


 和泉はそんな彼に駆け寄って口を開く。


保良間ほらま先輩、お待たせしてすみません」


「僕の方こそ、急に連絡を入れて悪かったね。さっそく本題に入らせてもらうよ?」


 保良間先輩の左手には、茶色い皮のケースに包まれたナイフがある。


 それを差し出され、和泉は反射的に手を伸ばしたが、


「……どうしたんですか?」


 和泉が受け取る寸前で、保良間先輩は手を引っ込めてしまう。


〝おあずけ〟をされた犬のような和泉の前で、保良間先輩は目を細めたまま口を開いた。


「僕だけが和泉君の言うことを聞くのは不公平だろ?」


 その顔には笑みは無く、むしろ苛立ちのようなモノを感じられて困惑する。


 保良間先輩とは初対面のハズだし、和泉には敵意を向けられるような覚えがなかった。


「これを渡す代わりに、ひとつだけ条件を飲んでもらいたい」


「……どんな条件ですか?」


「僕はもう、それを和泉君に伝えてあるんだけどね」


 保良間先輩の言いたいことが掴めないが、保良間先輩はそんな和泉の態度にも嫌悪感を露にしていた。それに思わず疑問が浮かぶ。


「俺が保良間先輩と話したのは、今日が初めてですよね?」


 和泉の問いに保良間先輩は頷くが、そのまま口の端を曲げて笑った。


「……何が、おかしいんですか?」


 和泉の疑問に、保良間先輩は端的に答えを出した。


「あの人に、お前は相応しく無い」


 それは、聞き覚えのある言葉だった。


 そして、それを知っているのは貝塚と五十嵐だけで、他には当事者だけしかいない。


「これ以上手を出したら、殺してやるって伝えただろ?」


 つまり、あの脅迫状の犯人は――保良間先輩らしい。


 和泉の驚く表情を見て、保良間先輩は満足そうに笑っている。


 その姿が不自然で和泉はますます困惑した。あんな脅迫状を出しておいて、自分から犯人だと名乗り出る理由も目的も分からなかったからだ。あまりに短絡的だし、名前までバラしてしまったら、状況的に不利なのは誰が考えても分かる事実だろう。


 でも、保良間先輩は笑ったまま続ける。


「君たちの仲がよさそうな姿を見ていたら、どうしても我慢できなくなってね。忠告も無視されるし、こうして直接伝えに来たってわけだ」


 やれやれと口にする保良間先輩の右手には、ケースに包まれているサバイバルナイフが握られたままで、和泉は思わず後ずさっていた。


「……俺を本当に、殺す気なんですか?」


 できるだけ刺激しないように口を開くが、和泉には保良間先輩が何を考えているのかまるで分からなかった。今すぐ走って逃げるべきなのだろうか? 些細な動作も見逃さないように神経を集中させていると、保良間先輩は意外にも首を横に振った。


「あれはただの脅しで、僕は和泉君を殺したいほど憎んでるわけじゃないし、このナイフだって偶然購入して、本当に返すために持ってきただけだから安心してくれ」


 ……本当だろうか?


「僕はただ、和泉君が僕たちの前から消えてくれれば満足なんだ」


 和泉はその問いを前に、眉を寄せていた。


 保良間先輩は、本当に切通きりがよいのことが好きなんだろうか?


「……少し、聞かせてもらってもいいですか?」


「いいよ?」


 余裕の表情を見せる保良間先輩に、感情が込み上げてくる。


「先輩はずっと、見続けていたんですか?」


「……そうだね」


「なら、どうして、切通の力になってあげなかったんですか?」


 和泉の言葉に、今度は保良間先輩が眉を寄せていた。


 まるで理解できないというその表情に、和泉は腹が立った。


「切通は……ずっと鷲崎わしざきさんのことを考えて、一人で悩んで抱えこんでいたんですよ? あれだけ拗らせるほどに悩んで、自分が間違っているんじゃないかってことも承知で、それでも後戻りできないぐらいに、学校をズル休みしてミステリーサークルを作っちまうような切通を、どうして正面から助けてやらなかったんですか?」


 和泉の言葉を前に、何を思ったのだろう?


 保良間先輩がますます眉を寄せ、和泉を怪訝そうに見つめている。


「……僕も少し、聞かせてもらってもいいかい?」


「なんですか?」


 和泉は苛立たしさを見せつけてやろうと努力したが、それはまるで的外れな行為だったらしい。保良間先輩が少しだけ申し訳なさそうに口を開く。


「その、切通って、誰だ?」


「……え?」


 二人で見つめ合って、きょとんとする。


「いや、だって、保良間先輩が脅迫状を書いたのは、切通と俺の仲を裂くためでしょ?」


「そうか」


 和泉の答えに、保良間先輩が不意に笑った。


「そうだったのか。だから和泉君は僕の忠告を聞いても何も変わらなかったのか。ごめんよ。僕もまさかそんな勘違いが起きるなんて思ってもみなかったんだ」


 一人で納得している保良間先輩に眉を寄せる。


 そんな和泉に、ようやく笑い終えた保良間先輩が答えを出した。


「僕が和泉君に分かれて欲しいと伝えた相手は、その切通って人じゃない」


「……え?」


「僕が君に分かれて欲しい相手は、貝塚君だよ」

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