第四種接近遭遇

第41話 保良間慶次


「――で、なんか手伝えることあるか?」


 それはまた次の日、水曜日の昼休みだった。


 教室で菓子パンを頬張りながら、和泉いずみは今日の作戦について前の席に座る貝塚かいづかに話していた。貝塚はいつも通りに自分の弁当箱を和泉の机に広げ、さも楽しそうに口を開いている。


「手伝ってくれるのか?」


 和泉の問いに貝塚は頷く。


「なんか面白そうだしな」


 その答えに納得しつつ、不満も感じた。


 そんな思いが、そのまま表情に出てしまったらしい。


 貝塚は笑いながら手を振って、


「でも、手伝いは多いほうがいいだろ? 着ぐるみなんて着たことないけど、やっぱり手間はかかるだろうし、そもそも一人で着れるのか? それに移動も大変だろ? そこらへんはどんな予定だ?」


 他人事だとは思いつつも、貝塚は貝塚なりに色々と考えてくれているらしい。


「バイト先の店長が張り切っちゃってさ」


 昨日の夜、くま店長は和泉に根掘り葉掘り話を聞いてきて、その流れで手伝ってくれることになった。でも、そこにある〝俺の力になりたい〟っていう動機は一割ほどで、九割は〝もう一度、伊知子さんに会えるから〟という下心だと思う。


「着ぐるみを着るのも手伝ってくれるし、畑までも車で送ってくれるってさ」


 和泉の答えに、貝塚が「よかったじゃん」と笑う。


 癪に障るが、イケメンフェイスから繰り出されるこの笑顔は女子からの評判がすこぶるよく、和泉は思わず人生の理不尽さを感じた。


「今日、リサパラに行くのか?」


 不意に声をかけられて顔を上げたら、そこには五十嵐いがらしがいた。


 五十嵐は和泉と貝塚の話を聞いていたらしい。


「そうだけど?」


 和泉が聞き返すと、五十嵐は少し躊躇しながらも口を開く。


「俺にも手伝わさせろ!」


 なんで五十嵐が手伝ってくれるんだ――という問いは、和泉の中で自己完結した。


 五十嵐は定休日以外にほぼ毎日をリサイクル・パラダイスで過ごすバイトリーダーだ。和泉は今までは単に自分と同じで金が必要なのだろうと思っていたけれど、五十嵐の働く理由は熊店長にできるだけ多く会うことにある。つまるところ、定休日である水曜日も熊店長に会いたいという乙女心なのだろう。その好意が熊店長に向けられていると思うとまったく理解できないが、野暮なことを言う気はなかった。


「ありがとな」


「もっと感謝しろ」


 厚かましい言葉に笑えた。


「このご恩は必ず返したいと存じます」


 手伝ってくれるという言葉は有難いし、素直に受け取っておくことにした。


「うむ! よきにはからえ!」


 五十嵐が満足そうに席に戻っていくのを眺めていると、不意にスマホが震えた。


 マナーモードにしていたスマホを見れば、相手の名は公衆電話となっていた。不審に思いつつも出てみる。


「もしもし?」


『和泉君かい?』


 知らない、男の声だった。


「……そうですけど、どちら様ですか?」


『僕は保良間ほまら慶次けいじだ。実はリサイクルショップの店長から話を聞いてね。僕の買い取ったサバイバルナイフを買い戻したい人がいるとのことで、それが君だろ? だから連絡したんだ』


 話を聞いて、納得する。


 熊店長は和泉が買い戻せなかった『エイリアン2』に出てくるという噂のナイフを買った人物に連絡を取ってくれたらしい。〝あれは諦める〟と話した気がするけれど、そこまで対応してくれるなんて、やっぱり熊店長は体格に似合わず細かな気配りができる人だと思う。


「あの、お返しして頂けるんですか?」


 和泉の問いに、電話の向こうから『そのつもりだよ』と言葉が返ってくる。


 こっちも親切な人で助かったと思いつつ、あのサバイバルナイフの値段が気になった。買い戻すにしても、同じ金額はもちろん返さなければならない。


「ちなみに、いくらで購入されたんですか?」


 和泉の問いに、小さく笑い声が返ってくる。


『金額については気にしなくて良いよ。先にリサイクルショップの方でお金は返してもらってるから、あとはコレを返すだけなんだ。和泉君も勝高に通ってると聞いたから、直接返そうと思ってね』


 初対面――というか、初めて話すにしては馴れ馴れしい気がしたが、それは和泉が人見知りだからかも知れない。


 保良間さんの話を聞いて納得し、丁寧な対応が素直に有難かった。


「ありがとうございます」


『じゃ、今日の授業終わりに校舎裏で会いたいんだけどいいかな?』


 今日はあの計画があるから時間に余裕はないけれど、受け渡してもらうぐらいの時間は取れるだろう。


「そうしてもらえると助かります」


『じゃ、また後でね』


「はい。その、色々とありがとうございます!」


 和泉は通話を切った画面を見ながら、この通話が公衆電話からだったことを思い出した。


 勝高の近くには今では珍しくなった公衆電話があって、保良間さんはわざわざ昼休憩に公衆電話まで行って電話をかけてくれたらしい。保良間さんは携帯電話を持っていないんだろうか? ますます申し訳ないと思いながら――ふと、その名前に聞き覚えがあることに気づいた。


「保良間慶次って、貝塚の先輩か?」


 視線を向けると、貝塚は眉を寄せた。


「今の電話って、もしかして保良間先輩からだったのか?」


 和泉は貝塚に頷いた。


 珍しい苗字だし、和泉の推測は当たっていたらしい。


 和泉が先ほどの通話内容を話すと、貝塚はますます眉を寄せていた。てっきり貝塚とは仲の良い先輩後輩だと思っていたけれど違うのだろうか? 


 和泉はそんな疑問を抱きながらも話を続ける。


「だからさ? リサパラに行く前に待っててくれよ。とりあえずナイフを受け取ってくるわ」


「和泉、あのな――」


 貝塚が口を開いた時、ちょうどチャイムが鳴った。


「やっべ」


 昼休憩が終わろうとしているのに、貝塚の弁当はまだ半分ほど残っていた。


「話はまた後な」


 貝塚は言うや否や弁当を片付けて授業の準備に移った。


 和泉も同じように教科書やノートを出しながら考える。


 それは例えば、貝塚が何を言おうとしたのだろうという疑問だったり、保良間先輩との関係だったり、五十嵐と熊店長の恋の行方だったり、伊知子さんはちゃんと来てくれるのかっていう不安だったりした。


 そうだ。


 不安は他にもある。


 そもそも、自分はどうすればリアルな宇宙人を演じられるのだろう? 


 宇宙人って、やっぱり知的生命体だと思うし、普通に日本語でいいんだろうか? それとも鳴き声とか? どっちが正しいんだろう?

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