第39話 俺が、宇宙人になる


 日はとっくに暮れ、空には月も出ていた。


 山の中腹ということもあり、畑の向こうには勝宮市の街並みが広がっている。ここから望む勝宮市の夜景は、街の明かりに囲まれて綺麗だと和泉いずみは思う。しかし、それは目の前のミステリーサークルを含めて考えれば、人によっては眉を寄せる景色かも知れない。


 そんな世界を、畑の土手で座りながら見ていた。


 ちらりと隣に視線をやれば、切通きりがよいは満足そうに眼を輝かせている。


 荒れ放題の畑に入り込んだ和泉の制服は思ったよりも汚れてしまったし、もしも半ズボンで入ろうものなら虫刺されは酷かったに違いない。切通がジャージに着替えていたように、和泉も準備する時間があればジャージで来る方が良かったかも知れない。


 伊知子いちこさんと別れて、一時間半ほどが経っていた。


 切通の一日の労力と和泉の手伝いの甲斐もあり、鷲崎わしざきさんの残したミステリーサークルは、しっかりと存在感を示している。


「和泉君」


 切通が、不意に口を開いた。


「あれって本気なの?」


「あれってなんだよ?」


「このミステリーサークルを、宇宙人が見てくれるかも知れないって話よ」


 ……その話か。


 和泉は視線をミステリーサークルに向けたまま、思ったことをそのまま口にした。


「仮に宇宙人が気づいたとしても、アクションを起こしてくれるかどうかは分からないし、本物の宇宙人を伊知子さんに紹介するのは難しいだろうな」


「やっぱり、そう思う?」


 切通は落胆しているが、和泉は言葉を続ける。


「でも、本当にそれが本物である必要はないだろ?」


「……どういう意味よ?」


 切通が聞き返してくるが、それは言葉のままだ。


「俺が宇宙人に出会った話は聞いてただろ?」


「ええ」


「あれは結果的に言えば偽物だったけど、当時の俺は、それを本物の宇宙人だと思ったんだ。だから、仮に本物じゃなくても、例えば、伊知子さんが本物の宇宙人だと思えば、それでいい。それさえ可能なら、宇宙人を探し続けることも許してもらえるだろ?」


 和泉は小学生の時、本物の宇宙人に出会った。


 和泉の中で、それは今になっても事実のままだ。


 だから、それは不可能ではない。


「言いたいことは分かるけど、そんなことができるの?」


「……ぶっちゃけて言うと、伊知子さんって優しいからさ」


 話が飛んで、切通が眉を寄せている。


「伊知子さんが本気で信じなかったとしても、伊知子さんが納得できるぐらいの答えが出せれば、それで充分だと思う」


 そもそも、伊知子さんには〝幸運のコイン〟による賭けに乗る必要すら無かった。


 それにも関わらず、和泉の賭けに付き合ってくれたのは、やっぱり伊知子さんが優しいからで、和泉はそれに助けられたに過ぎないと思う。


「自信はないし、出たとこ勝負だし、もしかしたら伊知子さんは怒るかも知れない」


 和泉の考えている計画はガバガバで、上手くいくビジョンはあまりない。


 でも、


「できるだけ、やってみようぜ?」


「できるだけって、具体的にはどうする気なのよ?」


「鷲崎さんとやり方は同じだ。それに、切通だってそう思い込んでくれた事もあるし、俺は意外と宇宙人の役が得意かも知れないぞ?」


 和泉の言葉に、切通は小首を傾げている。


「俺が、宇宙人になる」


「和泉君が?」


 きょとんと見つめる切通に、和泉は頷いた。


「明日の夕方、あの着ぐるみでここに来る。だから、切通は伊知子さんと一緒に、俺の姿を見に来てくれ」

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