第38話 無意味 2
それを見て、和泉は薄く息を吐く。
やはり、そうだったのか。
あの宇宙人は、やはり夢でも幻でもなかった。
和泉がそれに気づいたのはリサイクル・パラダイスで、伊知子さんの売った宇宙人の着ぐるみを見つけたからだ。あの段ボールに押し込められていた着ぐるみは、和泉が幼少期に出会った宇宙人そのもので、そこまで考えれば、ある仮説が浮かび上がる。
「
伊知子さんは目を伏せながらも、口を開いてくれた。
「近所からのクレームと、個人的な活動ということで映画関係者から止められたこともあって、それは僅かな期間だったんですけれど……恐らく、和泉さんの出会った宇宙人は、鷲崎で間違いないでしょう」
鷲崎さんは、
まったく人騒がせな人だと思いつつも、和泉は改めて口を開く。
「子供の頃の俺にとって、あいつは本物の宇宙人でした」
和泉の言葉に、伊知子さんがますます眉を寄せている。
「俺の出会った宇宙人っていうのは、本当の意味では宇宙人ではありませんでした。でも、俺はあの宇宙人に出会って、宇宙人って親切で良い奴なんだなって思ったんです。その想いは今でも同じで、だから俺は、切通のことも否定しきれないんだと思います」
「和泉君?」
切通の不安そうな視線に、和泉は笑う。
「現実的に考えれば、このミステリーサークルは無意味なモノに見えるかも知れません。でも、このメッセージが誰かに届く可能性っていうのはゼロじゃなくて、俺みたいな奴に伝わるかも知れません。絶対に無意味なことなんて、この世にはないと、俺は思っています。だから、切通がミステリーサークルを作ることを、許してあげてくれませんか?」
和泉の願いに、伊知子さんは小さく息を吐いた。
さきほどまで力んでいた肩がすっと楽になり、表情もいつもの穏やかなモノへと戻っている。
「こんなことは無意味で、何も起こらないと、私は今でも思っています」
伊知子さんは改めて、はっきりとそれを口にする。
「宇宙人は存在しません」
「宇宙人が存在しないなんて、誰が証明したんですか?」
和泉の答えに、伊知子さんは肩を竦めた。
「……まるで、悪魔の証明ですね」
悪魔の証明とは〝起きない事〟や〝存在しない事〟を証明することを証明することは困難であるという例えだ。悪魔がこの世にいることを証明するためには一件だけでも〝悪魔がいた〟という事例を上げられれば可能だが〝悪魔がいない〟ことを未来永劫証明することは誰にもできはしない。伊知子さんどころか、この世にいる超常現象の専門家や科学者だって、宇宙人が〝いない〟ことを証明することは不可能なのだ。だからこそ、議論では〝ある〟と証言した者が、その証明責任を持つことになる。
「なら、和泉さんは、宇宙人がいると証明できるんですか?」
和泉はその言葉に頭をかく。
「すぐに証明は出来ません」
伊知子さんは「やっぱり」と呟くが、
「でも、このミステリーサークルを見て、宇宙人が現れる可能性はゼロじゃありません。これを完成させた後まで、その答えは保留にしてもらえませんか?」
「……新手の冗談ですか?」
伊知子さんはそれを決めかねて、困ったように笑う。
だから、和泉は勝負することにした。
「幸運のコインって、知ってますか?」
和泉が取り出したのは、
和泉の手にある硬貨を見つめて、伊知子さんが首を横に振り、和泉は改めて口を開く。
「このコインは、俺が本当に迷った時に使うと決めたモノです。このコインの女神が描かれた表が出たら、明日のこの時刻まで待ってください」
和泉の持ちかけた賭けに、伊知子さんは眉を寄せる。
「ここに来て、運頼みですか?」
「その通りだと思います。でも、これぐらいの確率に勝てない様じゃ、宇宙人に会うなんて無謀だと思いませんか?」
「……わかりました」
伊知子さんは困ったように笑っていた。
「でも、裏が出た場合、咲希は宇宙人との関りを持たないと約束しなさい。それが条件です」
伊知子さんの言葉に切通の眉根が下がっていて、和泉はまっすぐ切通を見つめる。
「信じてくれないか?」
そんな和泉に、切通は色々と言いたいことがあっただろう。
でも、
「わかったわ」
切通は観念したように笑った。
「それぐらいの賭けに勝てないなら、私も、諦めてもいいかも知れないわね」
和泉はその言葉に頷いて〝幸運のコイン〟を親指で弾いた。
宙を舞うコインを左手の甲で受け止め、右手で押さえつける。
そんな和泉の元に、切通と伊知子さんが来てくれて、三人でその結果を見届けた。
和泉の手にある〝幸運のコイン〟は――女神の横顔を上に向けていた。
つまり、
「表です」
和泉の言葉に、伊知子さんはため息を漏らした。
「でも、私はミステリーサークルの作成を許しただけで、一日待つだけですからね? 明日のこの時間まで待って、何も起きなければ――やはり、宇宙人なんていなかったんだって、納得しなさいよ?」
伊知子さんはなぜか楽しそうに笑って、そのまま踵を返した。
「私は先に帰ります」
「……お母さん?」
素直に賭けの結果に従う伊知子さんが意外だったのかも知れない。
切通が声をかけたけれど、伊知子さんは背を向けたまま口を開く。
「咲希も和泉さんも、すぐに作って、遅くなる前に帰るんですよ?」
伊知子さんはそれだけ言うと、本当にそのまま車道を歩いて行ってしまった。
「……和泉君っ!」
伊知子さんの見事な引き際に何も言えなかったが、そんな和泉に切通が駆け寄ってくる。
「ちょっと聞きたいことがあるわ!」
「……な、なんだよ? 賭けには勝ったんだから良いだろ?」
「良い訳ないでしょ?」
和泉はそっぽを向いてシラを切るが、それは切通に通じなかった。
切通は和泉の手にある〝幸運のコイン〟を奪い取って、それをまじまじと見つめる。
その結果に出た答えを前に、盛大にため息をついた。
「私、こういう詐欺はいけないと思うわ」
切通の手にある〝幸運のコイン〟は、表も裏も、同じ柄の描かれた硬貨だった。
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