第32話 宇宙人が地球に飛来する確率


「で、俺に何の用?」


 バイトを終えた五十嵐いがらしと一緒に、和泉いずみは帰り道である勝高の裏山を歩いていた。


 十時過ぎともなると辺りは真っ暗で、街灯も少ない山道は涼しいながらも人気が無くて、女子高生が一人で歩くのは危ないと思いつつも、五十嵐にだけはそれは当てはまらないと思った。男勝りな五十嵐は小中と柔道をやっていて、和泉なんかよりも戦闘力は遥かに上だ。


 それは五十嵐自身も知っている事実だし、わざわざ和泉が迎えに来たのは五十嵐にとっても不自然に映ったと思う。


「もしかして、五十嵐ってさ?」


 遠慮するような仲でもないし、考えたところで言葉にしてもらわなければ分からない。


 和泉は隣を歩く五十嵐に向かって口を開いた。


「恋で悩んだりしてる?」


 聞きながら、五十嵐に限って恋なんて似合わない――と思うのは、やはり失礼な感想だっただろう。でも、和泉自身がそう思ってしまうのは五十嵐の日頃の行いのせいだ。


「……」


 十中八九〝そんなわけないだろ!〟って言われると思っていたのに。


「五十嵐?」


 足を止めた五十嵐に、和泉は振り返った。


「やっぱり、わかる?」


 五十嵐は足元を見つめ、深刻そうに口を開いていた。


 その顔はいつもの男勝りな五十嵐ではなくて、少し気恥しさが混じっていて、まったくもって、恋する普通の女子高生にしか見えない。


 和泉がどう答えようか悩んでいるうちに、五十嵐は言葉を続ける。


「俺ってさ? 恋をするような柄でもないし――これが初恋だから、よくわかんないんだよな。もしかしたら憧れを恋だと勘違いしてるだけかも知れないし、そもそも、俺のことなんて恋愛対象にはならないかも知れないとも思う。俺は、その、どうすればいいと思う?」


 潤んだ瞳で見つめられ、どきりとする。


 五十嵐にこんな表情ができるなんて、長い付き合いだけれど初めて知った。


 まさか、たちばなさんの言葉が本当だったなんて、直接聞いた今でも信じられない。


「その、悪いんだけど、実は俺が気づいたわけじゃないんだ」


 でも、断るのなら、早めに断った方が良いと思った。


「さっき橘さんに相談されてさ? 五十嵐の気持ちは凄く嬉しいし、五十嵐は魅力的だと思う。でも、俺には他に好きな人がいるんだ! だから……俺の事は諦めてくれっ!!」


「……」


「……」


 五十嵐は不審者でも見るような目つきで和泉を見つめていた。


 そんな表情を前に、和泉も眉を寄せる。


「ちょっと待て」


 五十嵐は和泉を睨むようにして口を開いた。


「なんで俺が和泉にフられなきゃならないワケ?」


 その顔には不満がありありと現れていて、和泉は少し焦る。


「いや、だって、五十嵐が好きなのって――俺のことだろ?」


「……」


「……」


 なんとも言い難い沈黙の後、五十嵐が確認のために口を開いた。


「俺が、和泉を?」


「……違うのか?」


「寝言は寝て言えっ!!」


 そう口にした五十嵐は、心の底から〝何言ってんだコイツ〟って表情をしながら和泉を見つめていた。和泉はどうやら、とんでもない勘違いをしてしまったらしい。つまり、五十嵐は恋をしているが、その相手は和泉ではないらしい。


 でも、そうなると、その相手は誰だ?


「もしかして、五十嵐の好きな人ってさ?」


 五十嵐の交友関係は、和泉と同じように狭い。だから、和泉にとって、五十嵐が好いている人物として思い浮かぶのは、たった一人しかいなかった。仮に和泉の想像が当たっているのなら、五十嵐がバイトに明け暮れている理由も、先ほどの〝憧れ〟と言う言葉も、歳の差や立場の違いから躊躇するという気持ちもよくわかる。しかし、それは和泉の想像の遥か彼方にあった可能性でしかなかった。


 和泉にとってソレは、直接聞いてみないと確信が持てないような、そんな相手だ。


「……く、くま店長なのか?」


 和泉の質問に、五十嵐は顔を真っ赤に染めた。


 大当たり、らしい。


「も、文句あるかよっ!?」


 五十嵐の恋が叶うかどうかは、和泉には分からない。


 普通に考えれば変わっているし、大手を振っておススメできる相手だとは言えないだろう。自分が五十嵐の親御さんだったら間違いなく反対するし、ハッキリ言って普通じゃない。


 でも、


「……悪いな」


「なんだよ!?」


 睨んでくる五十嵐に、和泉は小さく笑った。


「驚いただけで馬鹿にしてるわけじゃないんだ。応援する。頑張れよ」


「う、うるせぇ!」


 恥ずかしそうな五十嵐を見て思う。


 宇宙人が地球に飛来する確率は、和泉が思うよりも高いかも知れない。

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