第30話 林檎ジュース
「脅迫状のことは、
そう切り出した
ここは勝高の近くにあるファミレスで、
「和泉君と切通さんは、やっぱり付き合ってるの?」
唐突に聞かれ、和泉は眉を寄せる。
「そういう風に見える?」
和泉の隣に座る切通が口を開き、橘さんは曖昧に笑った。
「私は別に、それに文句を言うつもりはないの。誰と誰が付き合ったって、それは個人の自由だと思うし……私は正直に言うと、
いまいち、橘さんの言葉は要領を得ない。
「今の話と、脅迫状に何か関係があるのか?」
和泉の言葉に、橘さんは頷いた。
「たぶん、なんだけどね」
橘さんは小さく息をつき、言葉を続けた。
「脅迫状の犯人は五十嵐さんだと思う」
「……五十嵐が?」
思わず言葉が漏れた。
なぜなら、和泉には五十嵐が脅迫状を書く理由がまるで思いつかなかったからだ。
悪戯にしては手が込んでいるし、こんなことをしても、五十嵐にどんなメリットがあるのか想像もつかない。
「どうして、そう思うのかしら?」
今度は切通から出た問いに、橘さんは目を伏せる。
「正直に言って、これは私が口出しするようなことじゃないのかも知れない。でも、五十嵐さんは私にとって大切な友達で、このまま五十嵐さんが間違いや後悔をしそうなら助けてあげたいの。本来、これは私が伝えるべき言葉ではなくて、五十嵐さんが直接、和泉君に伝えるべきことで、余計なお世話なのかも知れない。……あの脅迫状、私にも見せてくれない?」
橘さんに聞かれ、和泉は鞄から脅迫状を取り出して机に広げた。
橘さんは脅迫所を手に取って眉を寄せたが、意を決したように、まっすぐ口を開いた。
「五十嵐さんは恋をしていて、その相手は和泉君だと思う」
和泉はその告白を聞いても、納得できなかった。
五十嵐とは、確かに仲が良い。
小学生の頃は自室を行き来して遊んでいたことだってあるし、今だって同じバイト先の良い先輩だ。なんでも話し合える仲だと思っているし、隠し事だってないと思っていた。中学生の頃に、お互いが好きなのかと錯覚したことだってある。
でも、というか、だから、というべきか。
「五十嵐は、俺のことを異性としては見てないよ」
和泉にはどこか確信があった。
それこそ親しいから分かることで、説明は難しいけれど、それは間違いないと思う。
しかし、橘さんは和泉を見つめて口を開く。
「それは直接、聞いたことがあるの?」
息が詰まる。
「可能性としては、ありえるわね」
そんな和泉の横で、切通が口を開いていた。
「五十嵐さんが和泉君を好きなのだとすれば、この脅迫状にも説明がつくもの」
切通が脅迫状に視線を向けながら言葉を続ける。
「この脅迫状は何もかもが曖昧で掴みづらいけれど、時期的に考えれば私と和泉君の距離を開けようとしていることだけは想像できるわ。そして、和泉君は私がストーカーに狙われていると勘違いしたみたいだけれど、犯人の目的が私でなく和泉君だという可能性は有り得る」
「切通?」
「和泉君、言葉にしてなかったから言うけれど――もしも、五十嵐さんが和泉君のことを好いていたとしても、私は退くつもりはないわ」
切通は急に立ち上がり、和泉の飲みかけのアイスティーに手を伸ばした。
そのまま和泉のアイスティーをごくごくと飲みだす。
唐突な行動に驚く和泉を置いてきぼりに、切通は空になったグラスを机に置いて笑った。
「私は間接キスをしたくなるぐらいには、和泉君のことが好きよ。和泉君になら、私の飲みかけの林檎ジュースをあげてもいいぐらいなのよ?」
切通は自分の林檎ジュースを差し出し、和泉を見つめて口を開く。
「私を選んで、お願い」
逆の立場だったら、和泉にはこんな度胸はなかっただろう。まったく、頭が切れるだけでなく、肝の据わった女だと思う。
和泉は切通の手にある林檎ジュースを受け取り、そのまま口へと運んだ。
それを一気に飲み干すと、自然と笑みがこぼれる。
「俺も、切通が好きだ」
和泉の答えを聞いて、切通は花が咲くように笑った。
「これから、よろしくお願いね」
「こちらこそ、よろしくな」
そんな二人を見ながら、橘さんは苦笑を浮かべていた。
「相手が悪かったかぁ」
橘さんはため息をついて続ける。
「この際だから言ってしまうけど、和泉君も切通さんも変わってるところあるし、私は本当に二人をお似合いのカップルだと思う。おめでとう」
祝福の言葉に気恥ずかしくなるが、橘さんは残念そうな顔のまま続ける。
「答えが決まっているのなら――五十嵐さんを、ちゃんとふってあげてね」
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