第29話 当たって砕けろ
五月にあった県大会では惜しくもインターハイ出場まではこぎつけなかったものの、すでに自己ベストは更新を続けているし、このまままっすぐに練習を続けていれば来年の活躍は確実だと顧問からも太鼓判を貰っていた。もともと体を動かすことが好きなこともあって、進路もそのまま運動系の大学へ進学しようと考えていたし、明るい性格で悩みもない。
そう〝自分のことに関して言えば〟だ。
橘の目下の悩みは、親友の
五十嵐は橘と同じでからっとした性格で、初めて会ってからまだ一年しか経っていないものの意気投合して毎日昼を共にしている仲だ。少し言動が男っぽいところや不良っぽいところがあるものの、話してみれば根は優しく友達想いな人情派だと橘は思っている。
最近、そんな五十嵐の様子がおかしかった。
これといって決定的にここがおかしいという訳ではないのだが、どことなく話を振っても上の空だったり、それを取り繕う姿によそよそしさを感じたりしていた。遠回しに聞いても答えてくれないし、五十嵐が自分から話してくれることを橘は待っていたのだが、その機会はいまだに訪れていない。
そんな中で、同じクラスの
正直に言って確証はないし、もしかしたら自分の勘違いである可能性はある。
橘は自分のことを猪突猛進だと思っているし、これが大きなお世話で、自分の行動を五十嵐が望んでいるとは信じられず、そのまま嫌われる可能性もあると思う。しかし、このまま何もしないことが、どうしても橘には正しいとは思えなかった。
やらない後悔よりやる後悔が自分は好きで、今回も座右の銘に従うことにした。
当たって砕けろ、だ。
今までだって、そうやって生きてきたのだから。
今日もそこまで
橘はそこまで考えながら、和泉と書かれた下駄箱を開けた。
下駄箱には上履きではなく靴が入っていて、まだ和泉君が校内にいることを暗に示している。
和泉君は運動部の橘とは違って帰宅部で、なかなか五十嵐のいない場所で話をする機会がなかったのだ。
そのまま下駄箱を閉じて待っていると、橘の待ち望んだ人物が現れた。
近づいてくる二人の親しそうな話しぶりを見て、少しだけ胸が痛む。
その理由は恐らく、自分が五十嵐のことを大切に思っているからだろうと橘は思う。
「ちょっと時間をもらえる?」
橘が声をかけたのは、和泉君と
貝塚君から聞いた時は驚いたけれど、本当に二人は交流があるらしい。
「俺に用?」
橘の問いに、和泉君が答えてくれた。
さも意外そうにしているのは当然だろう。橘だって、わざわざ和泉君を待ち伏せするほど仲が良い訳ではない。
「二人に、聞いてほしいことがあるの」
橘は思い切って、その思いを口にした。
「脅迫状の犯人に、心当たりがあるの」
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