第28話 ミステリーサークル 3


 陰謀論。


 言葉にしてしまえば、その一言に尽きる。


 和泉いずみは宇宙人をロマン溢れる夢のような存在だと考えていたけれど、切通きりがよいにとっての宇宙人とは、そんな曖昧な存在ではなかったのだ。


 例えば、和泉は知識として地球が丸いのだと知っているが、それが本当なのかをこの目で見たことはない。どこかの頭の良い他人が設計した衛星から撮影した本物かどうかも定かではない写真を、本物だと信じているに過ぎない。それが偽物でないという証拠を、和泉は知らない。


 夜に見える星や海の地平線の曲線から推測できるじゃないかと言ったって、和泉自身はそれを観察したわけでも計算したわけでもない。そうだと言われているから、誰も疑っていないから盲目的に信じているだけだ。そこまで考えるなら、自分で確かめない限り、この世に信じられるものなど何一つないのだ。


 宇宙人を信じるとは、そういうことなのかも知れない。


 宇宙人がいるのだと仮定するならば、この世の中は嘘にまみれていることになってしまう。国や政府を含めたそのすべてが信じられないことにしなければ、そこまで考えなければ、自分の父親が失踪した理由を作ることが、切通にはできないのかも知れない。


 ……。


 たっぷり時間を使って、そこまで考えた。


「切通の言いたいことは分かる」


「なら――」


 でも、


「俺はこの脅迫状が、宇宙人の関係者の出した手紙だとは思えない」


 和泉の言葉に、切通は眉を寄せていた。


 しかし、このまま放置するわけにもいかないと思う。


「やっぱり、コレはただの変質者の犯行じゃないか? その、犯人は分からないけど、切通も狙われているだろうし、しばらくは人気のない場所は避けて――」


「わかった。もういいわ」


 切通が、和泉をまっすぐに見つめていた。


「切通?」


 名を呼ぶが、その覚悟を決めたかのような瞳は変わらない。


 切通はそんな瞳で和泉を見据え、改めて口を開く。


「私ね? 正直に言って、和泉君を信じてた。いえ、信じたいと思ってた。だから脅迫状についても真剣に自分の答えを口にしたけれど、それは間違いだったのね」


「どういう意味だ?」


「……私は、自分で調べたモノ以外、何も信じられないのよ。普通の人なら信じられる他愛もない前提条件も、私の前では全て無意味で、だから、私は誰の言葉も信じられない」


「切通は、何が言いたい?」


 切通は落ち着き払ったまま、和泉を見返し続けている。


「言いたくなかったけれど、私の考えが分からないなら伝えてあげる」


 切通は深呼吸の後、それをゆっくりと口にした。


 


「私には――その脅迫状が、本物だとは信じられないのよ」


 


 その言葉の前でも、和泉は眉を寄せ続けていた。


 その結果、何が導かれるのか。


 和泉はこの期に及んでも、その答えに気づいてすらいなかった。


「例えば、和泉君が私と一緒に宇宙人を探したいという気持ちが嘘だとする」


 ……なんだと?


「でも、私の力になると言った手前、何の理由もなしに私のことを避けるわけにはいかないわよね? だから、脅迫状を自作自演することにした」


「そんなこと――」


 するわけがない。


「だって、脅迫状が来て、私と付き合わないようにって脅されたのなら、手を引くしかないものね? 殺される可能性だってあるものね? 自分の命と天秤にかければ、どっちを選ぶかなんて、当たり前で、仕方なくて、自分のせいじゃ、ないものね? だから、和泉君は悪くはないでしょう?」


「待ってくれ! 俺は切通の力になりたいって、本気で――」


「そんな言葉を、私が信じられると思う?」


 切通は目を伏せ、言葉を続ける。


「私と和泉君は、やっぱり違うのよ」


 切通はそして、最後の言葉を告げた。


「私たちは分かり合えない。だから、付き合うのもこれで辞めましょう」


 まっすぐ見つめてくる切通は、まるで取り乱していない。


 色々と考えを巡らせて、その言葉は――切通がしっかりと導き出した答えのように聞こえた。


 そして、それはあまりにも唐突で、不自然だった。


 切通が取り乱しているのなら、和泉はその言葉を信じたかもしれない。


 でも、切通は頭の切れる奴で、理論的に考えられる奴だった。そして、自分が傷つくハズなのに、人に頼らず、人を傷つけるようなことはしない奴だと和泉は思う。


 それなのに、どうして、こんな突き放す様な言葉を吐くのか。


 なるほど。


〝信じられない〟か。


 それが、ヒントか。


「俺ってさ?」


「……何よ?」


 眉を寄せる切通に、和泉は笑った。


「切通と同じで、人を好きになるのが苦手なんだよな。だから、俺は切通のことも素直に信じられなくてさ? もしかしたら、この脅迫状の犯人は切通なのかと思ってた」


 この脅迫状の犯人が切通だとしたら、切通が和泉のことを推し量っていることになる。


 命をかけてでも自分と共に宇宙人を探してくれる人物なのかどうかを見定めるために――切通が芝居をしている可能性はゼロではなくて、そこまで人を信じられないのかと呆れるところだった。


「だけど、確信した」


「……な、何をよ?」


「切通は、この脅迫状の犯人じゃない」


 不可解そうに眉を寄せる切通に、和泉は答える。


「切通は、俺と距離を取って、俺の身の安全を確保しようとしたんだろ? 何回も〝信じれない〟とか言いやがって。逆張りもいいとこだ。俺はそんな言葉を信じられるほど、素直に育ってねぇっての」


「……ふふ」


 和泉の言葉に、ようやく切通が笑ってくれた。


「なら、どうするのよ? 私と付き合って和泉君が殺されたら――私はもっと陰謀論にのめりこんで、それこそ普通の生活だってできなくなるかも知れないわよ?」


 不意に黒いフードを被った切通の姿を思い出して、和泉は笑った。


「あれ以上に拗らせるのは難しいだろ?」


「そうかも知れないけれど、私は――」


「この脅迫状に従っても、状況は良くならない」


 言い切る和泉に、切通は小首を傾げた。


「どうしてよ?」


「考えてみろ。そもそも、この脅迫状がただの悪戯って可能性もあるし、犯人の目的が切通なら、俺が接触しなくなった後に切通が襲われるだけだ。どっちでも狙われるなら、逆にこのまま付き合い続けて、犯人の出方を窺って尻尾を掴んだ方が良いと思わないか?」


 和泉は殺される気なんて毛頭ないが、切通を危険に晒したくはなかった。


「だから、俺たちが一緒にいるところを犯人に見せつける方がいいと思う」


「……具体的には、どうするつもりなの?」


 改めて小首を傾げる切通に、和泉は改めて口を開く。


「まずは一緒に、ミステリーサークルを作ろうぜ?」

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