第27話 ミステリーサークル 2


「そうなの?」


 和泉いずみの言葉に、切通きりがよいが慎重に聞き返してくる。


「それでさ? 猪なんて自然災害みたいなもんだから仕方ないっちゃ仕方ないのかも知れないけど、その年の作物はまるで売り物にならなくって、凄く困ってたんだよな。俺はあの時ほど猪を嫌いになったことは無いし、俺が今のところ一番嫌いな動物は猪で、だから、同じようなことをしようとしてるなら、切通のことだって嫌いになると思う」


 和泉の答えに、切通は薄くため息をついた。


「わかったわ」


 意外にも素直に退いてくれた切通に胸を撫でおろすが、


「つまり、許可さえ取れれば手伝ってくれるのよね?」


「え?」


「私のお婆ちゃんが、学校の裏山に畑を持っているの。昔は作物を育ててたらしんだけど、お爺ちゃんの足腰が悪くなってからは荒れ放題でね。あそこなら迷惑はかからないでしょうし、さっそく交渉に行きましょう!」


 切通はファイルを鞄に詰め込み、和泉の手を引っ張って視聴覚室から出て行こうとする。


「ちょっと待て! 俺にも切通に伝えることがある!」


「……そういえば、和泉君も話があるって言ってたわね?」


 和泉の言葉に、切通はそれを思い出したらしい。


「それって、移動しながらじゃできない話なの?」


 切通の提案に少し考えたが、


「腰を据えて話したい」


「そう?」


 切通は和泉の言葉に従って、はやる気持ちを抑えてくれた。


 切通にとっては宇宙人を探すことは父親の行方を捜すことと同義だろうし、その気持ちはよくわかる。でも、これも切通にとって大切な問題だ。


 和泉は鞄から封筒を取り出し、それを切通に見せた。


「何これ、ラブレター?」


「いや、問題は中身でな」


 最初は茶化すような切通だったが、中身を見ると、みるみる表情が険しくなった。


「脅迫状?」


「そうみたいだ。俺には犯人の心当たりがないんだが、切通の方にはないか? 最近、人目が気になるとか、その、ストーカー被害にあってるとか?」


「……」


 和泉の問いに切通は悩んでいるようだったが、ややあって小首を傾げていた。


「正直に言って、これといった相手は浮かばないけれど、心当たりはあるわ」


「本当か?」


 切通は頷き、意を決するようにして口を開いた。


「怪しいのはNASAナサの職員ね」


NASAナサ?」


 それって、


「アメリカ航空宇宙局ね。私のような末端の人間に宇宙人の存在が暴かれると危機を抱いているあの組織なら、私を監視している可能性が――いえ、相手はNASAナサだけだとは限らないわ。例えばJAXAジャクサだって宇宙人の情報には目敏いでしょうし、そもそも日本政府自体が宇宙人の存在を国民に隠匿している可能性だってあるもの」


 ……もしかすると、相談する相手を間違えたかもしれない。


 そんな風に悩む和泉を置いてきぼりに、切通は電波を飛ばし続けた。


「そもそも心当たりがなくたって、これだけ電波が飛んでいる世の中ですもの。私たちの脳みそは、電波を介して外部から覗かれている事を知っている? 頭にアルミホイルを巻くことでそれを遮断できるから、寝るときはそうすると頭がスッキリするからおススメよ?」


「……本気で言ってるのか確認してもいいか?」


 和泉は思わずこめかみを抑えていた。


 伊知子いちこさんが心配する気持ちが良く分かる。


 和泉の悩む姿に、ようやく切通が気づいたらしい。


 切通は頬をかきながら、


「……じょ、冗談だからね?」


 そう口にしている。


「お前な――」


「でも、こっちは本気」


 切通は一転して真剣に和泉を見つめ、改めて口を開く。


「和泉君は私と同じように、この脅迫状が宇宙人の仕業だと思う?」


 まっすぐ見据えられ、言葉に詰まる。


「俺は……」


 正直に言えば、宇宙人が脅迫状を出したとは、思いつきもしなかった。


 確率論でいえば、その可能性は微粒子レベルであれば存在するかも知れないけれど、常識的に考えれば、その可能性はないと言い切って良いレベルに違いない。


「言い方を変えるわ。この脅迫状は、宇宙人の関係者の仕業だと思う?」


 和泉が答えられずにいると、切通は目を伏せて言葉を続ける。


「例えば、1991年にイギリスのダグ・バウワーとデイブ・チョーリーという二人組が、ミステリーサークルの最初の制作者として名乗りを上げたの。でも、それは当初信じられていなかったわ。なぜなら、ミステリーサークルの専門家たちはミステリーサークルを一夜では制作できないと結論を出していたからよ」


 それについては、和泉も知っていた。


 和泉は宇宙人を信じたかったから、宇宙人のことについて調べたことがあるからだ。


「そんな中で、この二人組はたったの一夜でミステリーサークルが作れることを実演して見せたの。穀物の倒れる向きから竜巻説などもあったのだけれど、それも含めてこの二人組は完全再現してみせた。その一件があったことで、ミステリーサークルは人工物だと断定され、話題性を失い廃れていったわ。それからというもの、正体不明のミステリーサークルが出現することも少なくなった」


 切通は、何が言いたいのだろう?


「でも、それはただ単に、ミステリーサークルの一部が人工物であると証明されただけに過ぎないわ。人工物だとして、どうしてこの二人組はミステリーサークルを作ったのか分かる?」


「……いや」


 確かに、和泉はその理由について知らない。


「愉快犯であると言ってしまえば片付けるのは簡単だけれど、彼らはどうして犯行を告白する気になったのだと思う? さっき和泉君が言った通りに、そんな告白をすれば犯罪であることは間違いないし、最悪の場合は捕まってしまう可能性だって彼らにはあったのよ?」


 それは、確かにそうだ。


「告白後、彼らは大切な税金がミステリーサークルの解明につぎ込まれることに良心の呵責を覚えたのだと語っているけれど、それが本当だとする根拠はない」


「……」


「本当の理由は、ミステリーサークルを新しく作る必要がなくなったからだとも考えられない? 蛍光灯だってLEDライトの普及に取って代わられたように、宇宙人との交信を行うために別の方法が生まれ、ミステリーサークルを作る必要がなくなったのだと言えば辻褄は合ってしまうのよ。国際宇宙ステーションの稼働によって、宇宙人との安定した交信が可能になったのだと仮定すれば、時期的にも辻褄は合うし、政府がミステリーサークルの存在を一般人の記憶から消してしまいたいから犯人をでっち上げたのだという可能性は有り得るわ」


 淡々と語る切通を見て、和泉は少し、怖くなった。

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