第26話 ミステリーサークル 1


「これを見て頂戴!」


 視聴覚室に入ると、切通きりがよいが鞄からファイルを取り出して和泉いずみに手渡してきた。


 どうやら、切通は和泉にそれを見せたくて仕方なかったらしい。


「なんだこれ?」


 ファイルにまとめられていたのは、数多くの衛星写真やら新聞の切り抜きやら外国の記事をまとめたモノだった。その多くは麦畑や草原を映したモノが多く、その中心部は何やら円形を組み合わせた幾何学模様に押し倒されていて、それらは俗にいう、


「ミステリーサークルか」


「そうよ!」


 ミステリーサークルというのは、畑などの穀物がその名の通りに円形に倒される現象のことで、その発生原因が不明なことや、一夜で生まれる短期間さから注目を集めた怪現象だ。


 竜巻やプラズマなどの自然現象説や、誰かの悪戯であるとされる説があり、そして、その中でも極めて有名なのが、


「ミステリーサークルは、宇宙人から地球人へのメッセージだと言われているわ!」


 和泉はドヤ顔の切通からミステリーサークルの写真へと視線を移す。


「……百歩譲って宇宙人が原因だとして、何が言いたいんだ?」


 和泉は最近まで宇宙人否定派だったから、ミステリーサークルが宇宙人によるモノだとは考えてはいなかった。そもそも、ミステリーサークルのブームが去ったのも、それを作ったという製作者の告白があるからだ。ちなみに、比較的短時間で作成が可能だという実演も、その告白者に実演されてしまっている。


「何か引っかかる言い方だけれど、まぁいいわ」


 切通は鞄から新たにノートを一冊取り出し、和泉に見せつけてきた。


 そこには、どこか見覚えのある幾何学模様が描かれていた。


「これって、あの時の魔法陣か」


 あの時というのは、和泉が切通の秘密をしってしまった夜のことだ。


 切通は笑顔で頷き、口を開く。


「これは宇宙人を呼び出すためのミステリーサークルで、ここには私が宇宙人に対して害のない人間だという意味と、是非ともお会いしたいっていう意味が込められているのよ!」


「……そう、なのか?」


 和泉はそのノートをひっくり返したりして眺めてみるが、どこにそんな意味が込められているのか分からなかった。地球人にも伝わらないモノが、宇宙人には伝わるんだろうか?


「で、どういうことだ?」


「わからないなら、教えてあげるわ」


 ピンとこない和泉に、切通はニヤリと笑って説明を続けた。


「私はずっと宇宙人を探していたんだけれど、今まで宇宙人には出会えなかったわ。でも、それは当然よね? だって、宇宙人という奴は私たちよりも遥かに科学の進んだ文明を築いているでしょうし、宇宙人の超科学の前では私たちの未熟な方法で正体を暴くのは不可能ですもの。だから、その逆をすることにしたのよ」


 切通の言葉は、筋が通っているような気がした。


「つまり、自分から探し出すことは難しいから、宇宙人側に見つけてもらうってことか」


「正解!」


 ふんぞり返る切通を見ながら、鷲崎わしざきさんの家の屋上を思い出す。


 切通はそこまで考えて、あの儀式を行っていたらしい。


 でも、


「切通はもうその方法で宇宙人を呼んでたんだろ? その成果も出てないのに、同じことをしようってのか?」


 和泉の問いに、切通は笑う。


「私もそこが気になって、重要な点に気づいたのよ」


「重要な点?」


 和泉は切通の言葉に思考を巡らせたが、そもそも宇宙人がいない可能性がある限り、どんな推測も穴だらけのような気がした。


「他のミステリーサークルを見ていて気づいたの」


 切通は先ほどのファイルの一ページを開いて口を開く。


「私の儀式は、規模が小さい」


 切通のその一言は、意外と現実的な答えだと和泉は思った。


 確かに、ファイルにあるミステリーサークルは全長が二十メートルや三十メートル級のモノが多く、中には百メートルを超える巨大なモノだってある。それに比べて和泉が出会ったあの儀式のミステリーサークルはせいぜい3メートルぐらいだったし、もしもUFOが存在したとしても、気づかれなかった可能性は――残念ながらあるだろう。


「これは当初から気づいていた問題点ではあったんだけれど、どうしても一人じゃ作れる規模にも限界があってね。今までは諦めていたんだけれど、せめて航空写真に写るぐらいの大きさが必要だと思う訳。だから、和泉君!」


 切通の言いたいことが、ようやく掴めてきた。




「私と一緒に、巨大なミステリーサークルを作りましょう!!」




「……切通の言いたいことはわかった」


「でしょ!?」


 切通の言葉にはそれなりの説得力はあったし、協力するといった手前、それに異を唱えるつもりはない。それに加えて、切通は自身の提案が素晴らしいものだと信じて疑っていない様だ。


「でも、問題がある」


 目を爛々と輝かせる切通に、和泉は口を開く。


「作るとして、その場所はあるのか?」


 切通が、きょとんとした顔で見つめ返してくる。


「畑なら、そこら中にあるじゃない」


 確かに勝宮町は県境の田舎だから、田畑は多い。


「いや、そういう問題じゃないだろ?」


 和泉は頭をかいて、その大切さについて答える。


「そもそも、他人の田んぼや麦畑にそんなことをしたら犯罪だし、切通だって丹精込めた作物が踏み荒らされたら嫌だろ? 俺はそういう迷惑をかける方法には同意できない」


 和泉の一般論に、切通は唇を尖らせた。


「それは……そうかも知れないけれど、もしかしたら町おこしとかに繋がるかも知れないし、テレビの取材とかが来て、むしろプラスになることだってあるし、そもそもバレなきゃ――」


「俺は、そんな楽観的には考えられない」


 和泉の答えに、切通は眉を寄せた。


 でも、こればかりは譲れるものではなかった。


「……俺のお婆ちゃんが農家をやってるんだけど、猪に畑を荒らされたことがあるんだよ」

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