第25話 白


「話があるんだが、時間もらえるか?」


 放課後になり、和泉いずみはさっそく切通きりがよいに声をかけた。


「奇遇ね」


 切通は椅子から立ち上がって続ける。


「私も今後の方針について話そうと思っていたところよ。視聴覚室に行きましょうか?」


「ああ。助かるよ」


 切通の方にも、何やら和泉に話したいことがあるらしい。


 二人で鞄を手に、連れ立って教室を出た。


 和泉の伝えたい〝脅迫状の件〟もそうだが、切通の話したい――恐らく〝宇宙人関係の話〟も他人に聞かれると面倒だし、視聴覚室に行くことに異論はない。


 階段を上りながら、何気なく聞いてみる。


「切通って、やっぱり人に好かれることが多いのか?」


 切通は人を寄せ付けないオーラを身にまとってはいるが、美人であることは間違いない。目が切れ長で我が強そうに見えるけど、それを差し引いても整った顔立ちで、肌は白いし、背は高いし、胸だってでかい。外見で引けを取る相手など中々いないだろう。


「嫌われることはあっても、好かれた記憶はないわね」


「……そうか」


 和泉にはよくわからないが、美人であるからといって世渡りが簡単なわけではないらしい。切通ぐらいの外見なら、いくらでも生きやすい方法はあるような気がしたが、切通はそれほど器用な性格ではないことも分かる。むしろ、嫉妬とかで不利益も多いのかも知れない。


 和泉は視聴覚室の扉に手をかけて、ようやくそこに鍵がかかっていることに気づいた。


「あれ? 閉まってんのか?」


「当たり前でしょ」


 切通に言われて、そりゃそうかと思い当たる。


 音楽室や化学室などの特殊教室は、授業中以外は締め切られている。


「なら、どうやって切通は――」


 和泉が視線を向けると、切通は視聴覚室と廊下を隔てる窓のひとつを開けていた。そのままふとももを大きく上げ、窓枠によじ登ろうとしていて、


「な、何やってんだ!?」


「私、誰もいない教室が好きなのよ」


 焦る和泉と対照的に、切通はニヤリと笑っている。


「だから、好きな時に入れるように鍵を開けているのよ。頭いいでしょ?」


「……それ、頭いいとかじゃなくない?」


 そもそも、和泉が伝えたいのはそういうことじゃない。


 ドヤ顔をする切通の恰好は、まるで子供が片足を鉄棒に引っかけているような無防備極まりない恰好であったからで、正面ではないから見えている訳ではないが、白いふとももが短いスカートから露になっており、和泉は思わず口を開いた。


「部室棟でも思ったけど、その、いろいろと気にしろよ」


「気にするって、何がよ?」


 こいつ、わざとやってるのか?


 和泉の疑惑の視線を辿り、切通は初めてソレに気づいたらしい。


「ど、どこ見てんのよ!?」


 恥ずかしがる程度の感性は持っていたらしい。


 切通はスカートに手をやって引っ張っているが、むしろ引っ張られて端の方がめくりあがりそうになっていることに気付いてほしい。


「み、見る方が悪いんだから、こっちを見ないでっ!!」


 切通は勢いよく窓枠を飛び越えて姿を消したが、短いスカートがふわりと広がる一瞬が網膜に焼き付いてしまう。


 白だった。


 間違いない。


 和泉がその余韻に浸っていると、視聴覚室の扉が内側から開いていた。


「……誰かに見られたら面倒だから、早く入って」


「おう」


 和泉は視聴覚室に足を踏み入れながら思う。


 切通は面倒ごとを自分から作っているようで、でも、それが凄く切通らしい。

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