第22話 そういうこと


「……でも、どうして宇宙服を着ていたんですか?」


 背中の金具を外しながら問うと、伊知子いちこさんはもそもそと動きながら答える。


「今日は和泉いずみさんにこの家で会いたかったので、この家を使わしてもらうように咲希さきにお願いしたんですけど……その交換条件がコレでして。咲希は私が男を連れ込むと思っていたみたいで――その、そういうことをさせないための布石なんだと思います」


〝そういうこと〟というのは、性的なことっぽい。


「それにしたって、他にやり方があるでしょう?」


 和泉が呆れて言うと、伊知子さんは笑う。


「本当ですよね」


 でも、伊知子さんと話しながら、和泉はその答えに納得していた。


 やはり、こんな訳の分からない事を考える奴は、切通しかいないのだろう。


 宇宙服の背中を開くと、伊知子さんが脱皮するかのように上半身を外に晒した。


「暑かったぁ」


 伊知子さんは心底疲れたといった表情で息を漏らしていて、そのノースリーブの白いシャツには汗が浮いており、ブラが薄っすらと透けていた。宇宙服に熱がこもるのは傍から見ても分かるけれど、こんなに汗をかいた姿を男に晒すのは不味いと思う。体のラインが強調された伊知子さんの姿は、もはや〝そういうこと〟をさせようとしているように見えなくもない。


「ありがとうございました!」


「いえ、その……力になれて良かったです」


 汗をかく伊知子さんの笑顔が眩しい。


 ……切通って、やっぱりどこかズレてるんだよなぁ。


 和泉の考えに露程も気づかず、伊知子さんは口を開く。


「実は咲希が宇宙人離れできるように作戦を立てていまして――もし心変わりして、私を手伝う気になりましたら、連絡を貰ってもいいですか?」


「分かりました」


 和泉は伊知子さんと携帯番号を交換して、鷲崎さんの家を後にした。


 収穫が無かったとはもちろん思わない。


 いろいろなことが繋がって、切通の抱えているモノの正体がやっとわかった。


 でも、問題はさらに複雑で難しくなってしまったと思う。


 和泉は単純に切通と宇宙人を探すことが正しいと思っていたけれど、それだけが答えではないと知った。伊知子さんのように、現実を見ることだって、一つの答えだ。


 それが現実的な落としどころなのは――和泉自身が、身に染みて体験している。


 ……でも、それで良いんだろうか?


 和泉はもちろん、切通の力になりたかった。


 しかし、切通のために、何をすることが正解なのだろう。


 それが正直に言って、分からなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る