第20話 交換条件 1


「勝手に勘違いして、すみませんでしたっ!」


「いえいえ、こちらこそ――その、この服だと顔が見えないですもんね?」


 お互い頭を下げ合って、伊知子いちこさんが改めて自己紹介してくれる。


「私がWASENわせんさんと連絡を取り合っていた〝鷲崎わしざき〟こと切通きりがよい伊知子いちこです」


「俺、和泉いずみじゅんっていいます。その、咲希さきさんとは仲良くさせてもらってます」


 こちらも名乗りながら、世間が狭いにもほどがあると和泉は思う。


 和泉が半年前からやり取りをしていた鷲崎さんの正体は、切通のお母さんだったらしい。和泉は切通の家族構成なんてまるで知らないし、改めて考えてみれば、和泉は切通よりも伊知子さんとの付き合いの方が長いことになる。


 そして、伊知子さんが切通のお母さんなのだとしたら、聞きたいことは多い。


 それは例えば、本物の鷲崎さんと切通や伊知子さんの関係や、切通が宇宙人に固執する理由だ。細かいことを言えば、どうして伊知子さんが宇宙服を着ているのかも気になる。


 和泉が考えあぐねていると、伊知子さんが先に口を開いた。


「正直に言うと、私はWASEN――和泉さんに会うつもりはありませんでした」


「……どうしてですか?」


 和泉はとりあえず、伊知子さんに話を合せることにした。


「お恥ずかしい話なんですけれど、私はオフ会みたいなものに参加したことがなくて、その、どうしても知らない人と会うのが怖かったんですよね」


 伊知子さんの言いたいことはよくわかった。


 和泉だって鷲崎さんに〝会いたい〟と伝えられたのは、自分が男で、相手もUFOマニアの男性だと思っていたからだ。そんな和泉ですら、貝塚に脅された後は会うのが怖かった。伊知子さんのように女性であれば、それは尚更だろう。


「でも、俺にこうやって会ってくれたのは、俺が切通――咲希さんの友達だったからですか?」


 和泉の問いに、伊知子さんは笑った。


「最近、どこか咲希の様子がおかしかったんです」


〝いつもおかしい奴だけど〟なんて言葉は心の中に飲み込んでおく。


 しかし、それは表情に出てしまっていたのかも知れない。


「その、変な意味じゃないですよ?」


 伊知子さんは手を横に振って笑う。


「咲希は今まで身だしなみに拘る子じゃなかったんですけど、髪型や服装のことで私に相談してきたり、今までは外に持ち出すなんて許さなかった咲希が、この家のコレクションを誰かに見せるために持ち出したりして――それで、ピンと来ました」


 伊知子さんが、思わずといったように笑みをこぼす。


「咲希に、好きな人ができたんだって」


 好きな人と聞いて、どきりとした。


「そんな事を考えていた時に、WASENさんから、あのメッセージを貰ったんです」


 あのメッセージとは、和泉が鷲崎さんに会いたいと伝えたメールのことだろう。


「そこには、宇宙人に魅入られた友人を想う、切実なお願いが書かれてありました。その後に〝どこにお住まいですか?〟と聞いたところ、WASENさんはウチの近所に住んでいることも分かりました。そして、私はWASENさんの友達というのが咲希なのだと、咲希が想いを寄せる人物がWASENさんなのだと、確信しました。だって、宇宙人降臨の儀式を行うほどの宇宙人マニアが、そんなに数多くいるとは思えませんでしたから」


 笑顔を見せる伊知子さんに、和泉はどう返せば良いのか分からない。


 切通が自分のことを好きだというのは――友達としてなのだろうか?


「そして、私はその想い人がどんな人なのか知りたかったんです。だって、うちの娘は見た目の割に変わり者で、変な人に騙されている可能性だって大いにあると思ってしまって。でも、こうやって話せて安心しました」


「……ど、どうしてですか?」


 伊知子さんの話はよくわかるが、こんな初対面の自分を――伊知子さんが信頼してくれる理由が分からない。


 和泉の問いに、伊知子さんはまた笑った。


「和泉さんは、咲希のことを本当に想ってくれています。だって、先ほど私が〝宇宙人を信じていない〟って話しただけで、和泉さんは心の底から怒ってくれたじゃないですか?」


 そう話す伊知子さんはずっと笑顔で、まるで怒る姿が想像できない人だった。


「自分のために怒るのは簡単ですけれど、人のために怒るのって案外難しいんですよ? だって、それって、自分かそれ以上にその相手を大切にしないとできませんから。だから、和泉さんは信用に足る人だと私は思います」


 そう宣言する伊知子さんは、とても素敵に思えた。


「そこで、そんな信頼に足る和泉さんに、私からお願いがあります」


 伊知子さんは不意に立ち上がり、本棚へと足を向けた。


 本棚の中から一つのDVDを手に取り、和泉の前にそれを置く。


「これを差し上げます」


 それは『マーズ・レイド』のパッケージだった。


 それは、和泉が喉から手が出るほど欲していた映画だ。


 


「その代わりに、咲希が宇宙人のことを諦めるよう説得してください」

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