第19話 言ってはならない言葉
玄関には狛犬のように二対のエイリアンのフィギュアが客を威嚇するように口を開いていたし、廊下にも見覚えのある宇宙に関係する映画作品のポスターやらタペストリーやらが並んでおり、あっちの傘立てに刺さっているのはライトセーバーだと思う。
リビングに通されると、さらに数多くのコレクションに出迎えられた。
本棚には無数の宇宙関係のビデオテープやらDVDやらブルーレイのパッケージが並び、その横にもSF作品の書籍が並んでいる。それは
「すごい」
思わず口にした和泉に、宇宙服野郎が笑う。
「こっちのガラスケースの中身は、全て手作りなんですよ?」
そう言われて、鷲崎さんがUFOの模型を作っていたことと、
切通と鷲崎さんは思った以上に親しい仲なのかもしれない。
……しかし、それもどうかと思う。
『マーズ・レイド』が作られたのは十年以上も前だ。そう考えると、ここの家主である鷲崎さんは自分たちよりも一回り、下手すれば二回りは年上なはずだ。そんな年の離れた相手と仲が良い間柄が想像できない。一歩間違えれば犯罪だ。
「飲み物を取ってきますから、待っていてくださいね」
和泉の疑惑の目に気付かず、宇宙服野郎はそう口にしてリビングから出て行った。視界の悪さからかドアノブを上手く握れてなかったし、正直に言って凄く不安だ。あんな恰好で飲み物を準備できるんだろうか?
……。
リビングに残された和泉は、食卓の椅子に座って宇宙服野郎の帰りを待つことにした。
四人掛けの食卓はガラステーブルで、中に小物を飾れるようになっている。そこにもいくつかのコレクションが並べられており、和泉はそれを何気なく見つめた。
その中には、見覚えのあるコレクションが並んでいた。
それは例えば謎の光線銃で、アンティキラ島の歯車で、見覚えのあるナイフで。特に中央に置かれた水晶髑髏は、頭の頂点にヒビが入っていて――あの時、切通が踏んで傷つけたモノに間違いない。
……正体を隠す気があるのかないのか、どっちなんだよ?
そもそも、切通は正体を隠して何がしたいんだろう?
そんな疑問を持つ和泉のところに、宇宙服野郎が帰ってきた。
宇宙服野郎が持つおぼんには二対のグラスが置かれており、その一つを差し出してくるが、和泉はそれを見て眉を寄せた。
なぜなら、そこに注がれている緑色の炭酸水は――
「これ〝宇宙人の生き血〟と言って、UFOマニアの方が好きな飲み物らしいです。私は正直に言って美味しいとは思わないんですけれどね? だって、喉に残りますもん。飲み心地が凄く悪いんですよね」
……よくもそんなクソ不味いモンを客に出せるな。
そう思いつつも、和泉は切通の演技力に驚いていた。
明らかにいつもの声色にも関わらず、切通はこちらを騙し通せていると確信しているらしい。切通が、もしも鷲崎さんであるという演技を完璧にこなしているのであれば、和泉としては鷲崎さんに出されたものを――無下にするわけにはいかない。
「いただきます」
「どうぞ」
〝宇宙人の生き血〟は、やっぱり不味かった。
前に飲んだ時よりも冷えているだけマシだけれど、やっぱりどろりとした舌触りの悪さは健在で、絡みつく甘さも主張が激しすぎる。飲み物というよりも、お菓子に近いんだよな。
「それにしても、
……。
白々しいと思いつつも顔を上げた和泉に、宇宙服野郎は言葉を続ける。
「実は、私がWASENさんに会おうと考えたのは、こちらからもお願いがあるからです」
「……お願い、ですか?」
オウム返しした和泉の言葉に、宇宙人野郎は頷く。
「あなたがどうしても力になってあげたい、宇宙人を呼び出す儀式をしている友達というのは――
宇宙服野郎が、自分の名前を出したことに眉を寄せる。
「そうですけど、その……」
和泉はこの茶番を、どこまで続ければ良いのか分からなかった。
切通は本当に、何がしたいんだ?
いますぐにでもヘルメットを取っ払って、こんな回りくどい会話を辞めたいと思う。
しかし、それは和泉だけの様だった。
宇宙服野郎は「やっぱり」と、嬉しそうに言葉を漏らして、
「これだけ科学が発展した世の中で、未開の地だってないこの現代で、宇宙人が隠れ潜んでいるなんてあり得ないじゃないですか? 百歩譲って宇宙人が地球に来ているとして、こうやって隠れ潜む意味なんてあるとは思えませんし、本当にいるなら公になるに決まっていますし、それはとても非現実的だと思うんですよね」
そして、宇宙人野郎は――言ってはならない言葉を口にした。
「この世に、宇宙人なんて、いるわけがありません」
和泉はその言葉に目を伏せる。
不意に、今までに見てきた切通の姿が頭に浮かんだ。
それは例えば、儀式で宇宙人に出会えたと喜んでいた切通で、ナイフを手に和泉を宇宙人だと証明しようとした切通で、夜の部室棟で和泉が協力すると言ったら笑った切通で。
「……切通は、何が言いたいんだよ?」
「え?」
思わず言葉が漏れて、それに宇宙服野郎が動揺した。
「どうしたんですか?」
シラを切り続ける宇宙服野郎を前に、感情が湧き上がってくる。
「それはこっちの台詞だ。お前の正体が切通だってことぐらい、声を聞けば分かるんだぞ? もう、こんな芝居は辞めにしないか?」
「……WASENさん?」
困惑を露にする宇宙人野郎を、和泉はまっすぐ見つめた。
「切通は、どうしようもないくらいに宇宙人を信じてたんじゃないのか? 泣いちまうぐらいに抱え込んでたんじゃねーのか? たとえ他人のフリをするためだって、本心じゃなくたって、俺は切通からそんな言葉は聞きたくなかった。俺はそれだけ、切通が宇宙人のことを信じていると思ったからだ。これでも――俺は、本気で切通の力になりたいと思ってたんだぞ?」
怒りの滲む和泉の言葉に、宇宙服野郎が息をのむ。
そして、唐突に。
「そういうことですか!」
宇宙服野郎が手を叩いた。
「あ、いえ、その、紛らわしい真似をして本当にすみませんっ!!」
すごい勢いで謝ってくる宇宙服野郎を見ていたら、いつの間にか怒りが引いていた。
……どういうことだろう?
何か大きな勘違いをしたのかも知れないと、和泉はようやく思う。
「あ、あの……」
和泉がどう言葉をかけようかと悩んでいる間に、宇宙服野郎は首元の金具に手をかけた。
「あれ? これ、どうやって外すんだっけ?」
そんな独り言を口にしながら手探りでヘルメットを外し、
「ぷはっ」
宇宙服野郎は、汗をかいた顔を外界に晒した。
和泉はその顔を見て驚く。
なぜなら、大きく息を吸った彼女が、切通ではなかったからだ。
声だけでなく顔立ちも切通に似ているが、その髪は黒のショートカットだし、何よりも落ち着いたその雰囲気が、自分よりも年上だと気づかせるには充分だった。
「
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