第18話 宇宙服
再開発事業、という奴らしい。和泉が生まれる前のことだから詳しくは知らないが、かつて勝宮市は人口増加が期待された土地であったらしい。当時は田舎町であった勝宮市は、高速道路の発展と共に住宅街へと姿を変えた。それは盆地だけに留まらず、学校の裏山も同じであった。学校側である東側には林が残っているものの、西側は切り開かれて階段状に住宅が建てられている。鷲崎さんの家は、その中でも比較的山頂に近い一軒家だった。
白い豆腐のようなコンクリート製の家を和泉は見つめる。
どこかで見覚えがあるような気がしたが、いまいち思い出せない。
玄関前にはインターフォンと表札が出ていて〝鷲崎〟と書かれていた。
鷲崎さんは、ネットでも本名を使っていたらしい。
『マーズ・レイド』の作者本人であるとお話は聞いていたが、それがようやく信ぴょう性を増してきた。貝塚に脅されたから少し気にしていたけれど、やはり鷲崎さんを信用しても良いように思う。そもそも、こちらが無理を言っているのに疑うのは失礼だろう。
和泉はインターフォンに手を伸ばしながら、貝塚にぬいぐるみを貰ったことに後悔していた。
間延びする呼び出し音を聞きながら、少しだけ焦る。
景品袋に入れて持ってきてしまったぬいぐるみは、明らかに無駄な手荷物だった。初対面ですでに迷惑をかけているのだから、むしろ手土産を持ってくる方が正解だったのかも知れない。
不味い。
……このぬいぐるみでは、鷲崎さんも喜ばないだろう。
……。
和泉が緊張しながら待っていると、玄関の扉が開く。
「はじめま――」
って、なんだ、コイツは?
扉を開けた人物を見て、和泉の挨拶は失速した。
なぜなら、その人物が宇宙服を着ていたからだ。
宇宙服と言っても、最新の小奇麗な宇宙服ではない。それは一世紀も前に作られたかのような、良く言えばアンティーク感丸出しで、悪く言えば手作り感に溢れた宇宙服だった。
頭は半球型のガラスで覆われており、全身はごわごわとした謎の質量を持つ白色の材質で作られている。背中にも白くて四角いリュックのようなモノを背負っていて、そこから飛び出したホースのようなモノが尻尾のように地面を這っている。宇宙服というよりかは、もしかしたら潜水服の方が近いかもしれない。
そんな服を着た不審人物が、静かに和泉を見つめている――ようだった。
なぜ定かではないのかといえば、その頭についたガラスは紫外線をカットするためか射光板のように黒光りしており、肝心の顔が確認できなかったからだ。
はっきり言って、誰がどう見ても不審者にしか見えない。
不審者を見続けて、貝塚に脅された時の恐怖がぶりかえしてくる。
このまま逃げてしまおうかと思うほど時間が経った、その頃。
「あなたが、
それは、不審者には勿体ない綺麗で澄んだ声だった。
それは明らかに男の声ではなかったし、服装で誤魔化しているが、不審者の背丈は和泉より下だった。和泉は改めて鷲崎さんの家を見上げ、ようやく気付く。
この家は――山を転げ落ちて、切通の儀式に出会ってしまったあの家だ!
この家は屋上が上の道路と繋がっているから、あの時は一階からこの家を見上げることはなかったために気づくのが遅れてしまった。
「こんな格好ですみません。驚かれましたよね?」
そして、固まっている和泉に声をかけた宇宙服野郎の正体は、
「……あなたが、鷲崎さんですか?」
「はい! 会えるのを楽しみにしていました!」
嬉しそうに返事を返してきた宇宙服野郎は、本物の鷲崎さんではなかった。いや、もしかしたら、鷲崎さんの正体が違ったというべきなのかも知れない。
敬語だから聞きなれないけれど、宇宙服野郎の正体は――
「あ、あの!」
宇宙服野郎は、和泉が持つ景品袋を指さして言う。
「そ、それって……そ、その、私へのお土産ですか!?」
「え!? ……あ、あの、これ、欲しかったりします?」
思わず敬語で返してしまった。
和泉が手にあるぬいぐるみを差し出すと、宇宙服野郎はそれを嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございます!」
宇宙服野郎は景品袋からぬいぐるみを取り出して抱きしめている。
それは普通の女子高生であれば可愛らしい仕草に見えただろう。しかし、和泉の目からは、宇宙服の不審者が宇宙生物を潰しているようにしか見えない。
異様な光景に眉を寄せていると、宇宙服野郎は改めて口を開いた。
「あの、立ち話もなんですし、上がってくださいね?」
丁寧な物腰が、いつもの切通にはまるで似合っていなかった。
「あ、あの……」
和泉のぎくしゃくした受け答えに、宇宙服野郎は一つの答えを出した様だった。
「取って食ったりしませんから、そんなに緊張なさらないで大丈夫ですよ?」
緊張してるんじゃねぇよ! お前の対応に困ってるだけだよ!
思わずツッコミそうになって口を噤む。
切通はどうも、こちらを騙し通せていると、考えているらしい。
「どうぞ」
「あ、……はい」
そして、和泉は成り行きのまま家に上がることになった。
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