第16話 HK
「――で、返事が返ってきたってわけか」
「まぁな」
バイトをしているとはいえ、和泉は金を貯めている身だし、派手に遊んでいるように見える貝塚だって学生なのだから使える金銭には限りがある。少ない金銭で時間を潰せる場所っていうのは、やはり学生にとっての味方だと和泉は思う。
和泉は今日の午後三時頃に、
「それにしても、和泉は
不意に聞かれて、コーラを吹き出した。
「きったね」
貝塚が身を引いて言うが、誰のせいだ。
「言っておくけど、五十嵐とは近くに住んでるだけだ。五十嵐は俺なんて好きじゃないぞ」
「そうなのか?」
さも意外そうな貝塚に眉を寄せる。
愛の伝道師って、思ったより役に立たなそうだと和泉は思う。
「なんていうか、俺と五十嵐って幼馴染っていうか姉弟って感じなんだよな。俺もいまいちそういう感じで見れないし、五十嵐も俺じゃない誰かを見てる気がする」
五十嵐の顔を思い浮かべてみるが、やはり可能性はない気がした。
「確証はあんのか?」
「……いや、ないけどさ」
はぐらかすような和泉の言葉に、貝塚は目を細めた。
「実は和泉から告白するのを待ってるかも知れねーじゃん? 良いよなぁ、幼馴染とか。もうその単語だけで恋できそうな気がする! 俺にも幼馴染がいたら大切にするのに!」
「……そういうのは一人っ子が妹を欲しがるのと同じだろ? 俺もいないから聞いた話だけど、本当に妹がいる奴は妹なんて可愛いどころか憎いぐらいらしいぞ。幼馴染も同じだっての」
「かーっ、本当に和泉は夢がないよな。それこそ偏見じゃね? 中には仲良い兄妹だっているハズだし、幼馴染で結婚するカップルもいるだろ? まったくロマンがねぇよ」
貝塚はフィレオフィッシュバーガーを咀嚼して、
「ま、そのぶん宇宙人には興味あるみたいだけどさ?」
「……宇宙人の方が、ロマンは上かもな」
和泉のそんな答えに、貝塚がけたけたと笑う。
「恋は盲目って奴か? 長い付き合いだけど、和泉がそこまで積極的だったなんて知らなかったぞ。そんな顔も知らないオッサンにまで連絡するってことは、それなりに本気なんだろ?」
貝塚に聞かれて、和泉は考える。
「……どうなんだろ?」
そこまで踏み込んで聞かれても、和泉にはよくわかっていなかった。
「ただ俺は、俺と同じような悩みを持っている切通に同情しているだけなのかも知れないし、そもそも、切通が俺を好いてくれてるなんて、これっぽっちも思えないんだよな」
和泉の答えに、貝塚が眉を寄せていた。
貝塚は盛大にため息をついてから口を開く。
「まったく、出来の悪い奴ほど可愛いってのは本当かもな」
「出来が悪いって言うな。……貝塚の方が成績悪いだろうが」
和泉の反論に、貝塚は改めて笑った。
「体育測定で英語の成績を持ち出す奴がいるかよ? ここは恋愛学の場で、和泉は彼女がいないんだから赤点を取ってるわけ。だから、優等生の俺が教えてやる」
貝塚はフィレオフィッシュバーガーを食べ終えて口を拭った。
「和泉には、切通さんに恋する資格がある」
「恋する……資格?」
オウム返しする和泉に、貝塚は自信満々に頷いた。
「あんだけ美人で優等生で、しかも和泉しか知らない秘密を持ってる相手だろ? それって、むしろ恋しない理由があるわけ? 和泉は別に切通さんを性的な目で見ても良いんだよ。そもそも、和泉は切通さんが根暗の不細工だったとして、今と同じように力になってやりたいと思うのか? 切通さんが美人で魅力的だから力になりたいと思ったんじゃねーのか?」
貝塚の問いに、和泉は考え込んだ。
自分は、例えば、切通じゃなくても助けたいと思うのだろうか?
例えば、切通じゃない誰かが同じように宇宙人について、真剣に悩んでいたら――
「……貝塚、すまん」
和泉の謝罪に、貝塚は眉を寄せる。
「俺はたぶん、相手が切通じゃなくて、根暗で不細工な男子だったとしても、力になってやりたいと思う」
「……」
目を細める貝塚が、暗に続きを促しているように思えて、和泉は改めて口を開いた。
「貝塚は知ってるだろうけど、それこそが俺だったんだよな。子供の頃の俺は、今みたいに明るくなかったし、外見だって気にしてなくて、貝塚が伝えてくれるまでは最低限以下の身なりだっただろ? そんな俺は、不器用に一人で宇宙人に対して悩んで、結局は〝臭いモノには蓋をする〟っていう答えを出して逃げたんだ」
「……で?」
「だから、そんな状況でも逃げなかった奴を凄いと思うし、俺みたいに逃げることもできない――俺よりも不器用な奴を、俺は放っておきたくないんだよ」
和泉のことを見つめていた貝塚は、不意に視線を反らしてため息をついた。
「すまん」
「……なんで貝塚が謝るんだよ?」
貝塚は頭をかいて「切り込み方を間違えちまったみたいだな」と笑って続ける。
「なら、逆に聞くぞ? 和泉はさ? そんな助けたい相手が根暗な男子じゃなくて、切通さんみたいな美人の異性で良かったと思わねぇのか? それでラッキーだって思うだろ?」
和泉は、その問いにようやく笑みがこぼれた。
「相手が切通で、良かったと思うよ」
和泉は最初、切通とは関わらないことが正解だと思っていた。
でも、あの真剣な姿を見て、心が動かされた。切通が女子だからこそ心が動かされたのだとは思わないけれど、あの真剣さも切通の魅力なのは間違いない。
「俺、切通のことを――〝良いかも〟って思ってるのかな」
貝塚の持っていきたい会話の方向性にも気づいていたけれど、それに抗うことは難しいらしい。さすがは愛の伝道師ってところか。
ようやく同意した和泉に、貝塚は笑う。
「それを聞いて安心したわ」
「どこに貝塚が安心する要素があるんだよ?」
和泉の問いに、貝塚は顔をしかめる。
「だって、これを否定されたら……お前、HKじゃん」
「……なんだよHKって、香港か?」
貝塚はゆっくりと首を振った。
「ホモ確定」
和泉はその発言に、またしてもコーラを吹き出していた。
「そ、そういう冗談はやめろっ!!」
げほげほと咳き込む和泉を、貝塚は意外と真剣に見つめている。
その表情に違和感を覚えて眉を寄せると、貝塚は声のトーンをひとつ落とした。
「怖い話、してやろうか?」
そのただならぬ雰囲気に気圧されながらも頷くと、貝塚は周りを確認してから口を開く。
「サッカー部の先輩に可愛がられたんだけど、実はその中にHKがいてな」
貝塚は小中学校時代にサッカー部のエースだった。勝高に入っても一年の頃はサッカー部に籍を置いてスポーツに明け暮れていたのだ。しかし、二年に上がったところで、貝塚は不意に部活を辞めた。当時は「彼女が作りたくて」っていう貝塚の言葉に心底呆れたものだったが、
「……まさか、貝塚がサッカー部を辞めた理由って?」
慎重に頷く貝塚に同情する。
「狙われたのか?」
「……おう」
「……ケツは無事だったか?」
「無事に決まってんだろうがっ!!」
思わず机を叩いて立ち上る貝塚に笑みが漏れた。
「いや、マジで当人だと笑い話じゃねーぞ! 現実は小説より奇なりってマジだな。聞くも涙語るも涙の俺の体験談を話したら、和泉なんか間違いなくちびるぞ?」
「自分で笑い話にしてんじゃねーか」
二人で笑いながら、貝塚が無事でよかったと素直に和泉は思う。
「モテる男も大変なんだな?」
和泉の素直な感想に、貝塚は眉を寄せた。
「……和泉も、これから大変なんだぞ?」
予想外の切り返しに眉を寄せた。
「なんで俺が大変なんだよ?」
「よく考えろ。見知らぬオッサンの家に、高校生が一人で出向く……何もないハズがなく」
「何かあってたまるか!」
貝塚は和泉の答えに、改めてため息を漏らした。
「気づいてないかも知れねぇけど、和泉は意外と良い顔してるからな。防犯ブザーやスタンガンの準備はあるか? 睡眠薬入りかも知れないから、お茶とかジュースを出されても飲むなよ? とりあえず、俺が言える忠告はひとつだけだ」
「……」
貝塚のマジトーンに、思わず顔が引きつる。
「自分のケツは、自分で守れ」
笑顔で親指を立てる貝塚を見て、和泉はそれが本当に恐ろしいことなのだと、遅まきながら気づいたのだった。
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