第9話 リサイクル・パラダイス 2
同じ店員用の黄色いエプロンを着ているそいつは、和泉のふともも程の太さはある筋肉隆々な腕を持つ35歳独身。口には無精髭も生えていて、本気で接客業をしようという心意気はまるで感じられないが、このレスラーの様な体躯を前に文句を言う輩は存在しない。
そいつは名を、
まるで拳法家のような名前だがリサイクル・パラダイスの責任者で、通称熊店長。
熊店長の手には、どこかで見たブックカバーに包まれた文庫本があり、和泉はそれで頭を叩かれたらしい。熊店長ならば何を持っても凶器に成り得るが、まったく文庫本とは思えぬ痛みだ。少しぼーっとしただけにしては横暴だと和泉は思う。
「舌を噛んだら労災ですよ?」
「バイトに労災が通るかよ!」
「……いや、バイトにも労災通りますよ」
「マジか?」
本気で首を捻る熊店長に眉を寄せる。
そんなことも知らないでバイトを雇っているのかと考えながら、今回は労災より傷害事件な気もする。
「そんなことより、和泉って勝高に通ってんだよな?」
「そうですけど?」
「実は頼みがあるんだよ」
和泉は、それに心当たりがあった。
「また万引きっすか?」
勝高は進学校として名が通っているが、若気の至りといえば良いのか、やんちゃな奴は意外と多い。立地が勝高に近いということもあるが、リサイクル・パラダイスでは定期的に万引き犯が出るのだ。
……犯人の特徴は見た目からは分からない。明らかな不良学生の場合もあれば、真面目な優等生のような者もいる。半年に一回ぐらいの頻度だが、雑多な商品に隠された監視カメラに気づかぬ者が犯行に及び尻尾を掴まれるのである。
意外というかイメージ通りといえばいいのか、
しかし、五十嵐はここでアルバイトするという約束で熊店長に許された。部外者である和泉が口を出す気はないが、犯罪者をよく雇う気になるもんだと思う。五十嵐は〝熊店長は和泉と違う器の大きい男だ!〟と口にしていたが、ただ単に若い女に弱いだけだと和泉は踏んでいた。
「むしろ逆だな」
「……逆?」
和泉が首を捻ると、熊店長は手に持つ文庫本を差し出してきた。
「和泉が来る前に、残りの〝宇宙人の生き血〟をまとめ買いしてった女子高生がいたんだが、その子の忘れ物らしい。さっき監視カメラで確認した」
「あー」
そのブックカバーに見覚えがある理由がようやく分かった。
あんなクソ不味いジュースをまとめ買いする変人など一人しかいないだろうし、その文庫本は確かに
切通は和泉の言葉を信用して〝宇宙人の生き血〟を買いに来たらしい。
「知り合いか?」
しらを切れば良かったのに、和泉の様子はそれを白状しているようなものだった。
「……同じクラスっすね」
「じゃ、返しといてくれ」
和泉は仕方なく、その文庫本を受け取る。
「あの子は相当な宇宙人マニアだな」
そんな和泉に、熊店長は改めて口を開いていた。
「〝宇宙人の生き血〟を全部引き取ってくれたし、二週間前には入荷したばかりの『エイリアン2』で使われたナイフが欲しいって諦めなくてよ? ウチでは基本的に未成年に刃物を売らないんだが、根負けして売っちまった」
「……あれ、熊店長の差し金っすか?」
和泉は非難の視線を送ったが、熊店長は笑みを浮かべるだけだ。
「和泉はあの子が宇宙人マニアってことまで知ってるのか? ま、あのナイフを自慢したい気持ちはよくわかるけどな?」
一歩間違えれば、和泉はそのナイフで刺されて死んでいたかも知れない。そう伝えようかとも思ったが、ことが大きくなっても面倒だし、和泉は切り口を変えることにした。
「……熊店長、決まり事は守りましょうね?」
「心配すんな」
熊店長は親指を立てた。
「リサパラに労災はない!」
……そういう意味じゃないんだが。
「じゃ、お疲れさん。帰る前に自動ドアと看板の電気だけ消しといてくれ」
熊店長はそう言って、バックヤードの奥深くへと歩いて行ってしまった。
この先の小部屋が、熊店長の自宅なのだ。
熊店長の後ろ姿から文庫本へと視線を移し、和泉は不意に思う。
切通は、どんな本を読むんだろう?
降って沸いた好奇心に文庫本を開き、そのタイトルを見て眉を寄せた。
『人類は宇宙人〝アヌンナキ〟につくられた存在である!』
……切通は、やっぱりぶれない。
宇宙人関係の本であったことに納得しながら、ふと切通の言葉を思い出す。
それは、あの儀式に立ち会ってしまった和泉がかけられた言葉だ。
〝アヌンナキ様!! とうとう来て下さったんですね!?〟
……。
つまり、切通はあの時の儀式で、アヌンナキという名の宇宙人を呼び出そうとしていたのだろうか? そして、その場に現れた自分をアヌンナキという宇宙人だと思ったわけか? ……でも、そもそもアヌンナキってなんだ? 宇宙人の一種なのだろうか?
その答えが、この本にはあるのだろうか?
和泉は文庫本をペラペラと開いてみたが、そこにあるのは辞書のように遊びのない文章の羅列だった。星の相関図やらエジプトの壁画やら、メソポタミアの天空儀なる聞いたこともないモノまで参照資料として描かれていて、ぱっと見ただけでは参考書のように見えなくもない。
こんなもんを読んで面白いのだろうか?
そう思うのだが、切通は面白いんだろうなとも、素直に和泉は思う。
なぜなら、この本は年代物に見えるが、傷んでいなかったからだ。
これを切通がずっと持ち歩いているのだとしたら、とても大切にしているに違いない。
……そんな大事な物を落とすなよ。
和泉はそこまで考えて思考を断ち切った。
そもそも、和泉が気にしなければいけないのは、そんなことではない。
問題は、この文庫本を切通に返さなければいけないということだ。
和泉は宇宙人が嫌いで、前回の視聴覚室でのできごとを踏まえると、無事にこの本を返せるのか不安になった。
和泉はようやく文庫本を閉じようとして、不意に作者名を見て驚く。
それが知っている名前だったから、和泉は戸惑った。
こんな偶然が、あり得るのだろうか。
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