第8話 リサイクル・パラダイス 1


「このヘタレ」


「いや、なんでそんな感想になるんだよ?」


 和泉いずみの聞き返した問いに、隣の五十嵐いがらしが笑った。


「だって、同級生に空き教室に呼び出されて押し倒されたのに、ほうほうのていで退散したんだろ? 俺も切通きりがよいさんが普通じゃないのは知ってるけど、そこはやっぱり女として偶然を装って押し倒したんじゃないか? さすがにそこまで天然な女子高生はいないだろ」


 女なのに一人称が〝俺〟で普通じゃないのは五十嵐も同じだと思ったが、そんな本音は心の奥に隠しておくことにした。


「いや、あれは……偶然だと思うけどなぁ」


 和泉と五十嵐が並んで立っているのは、学校の裏山を超えた先の国道に構える中古ショップのリサイクル・パラダイス、通称〝リサパラ〟のカウンターの中だ。閉店間際のこの時間には、すでに客の姿もまばらで、品出しの仕事もすでに目途がついている。店員である二人は、私服の上にそれを示す黄色いエプロンを着ており、ただただ定時が来るのを待っていた。


 そんな最中に「何か面白い話ない?」と聞かれ、和泉はバイトの先輩である五十嵐に〝切通とのやり取り〟をオブラートに包んで話していた。


「それで、その後の進展は?」


「いや、何もねぇよ」


 視聴覚室で切通に押し倒されてから一週間が経ったが、切通は和泉に接触する気はなくなったらしい。教室で視線を感じて振り返ると切通がいることがあるぐらいで、和泉と目が合っても切通は知らんぷりを決め込むだけだった。そんな教室での居心地が良いかと聞かれれば悪いに決まっていたが、藪蛇をつつく気にもなれない。


「それにしても、和泉が宇宙人とはね」


 五十嵐は和泉を見つめ、くくっと短い髪を漏らして笑う。


 この場ではバイトの先輩後輩の関係だが、和泉と五十嵐はもっと長い付き合いだ。


 五十嵐は和泉の隣の家に住んでいる同級生だ。一人っ子だった和泉にとって、小さい頃から付き合いのある五十嵐とは幼馴染である。しかし、五十嵐の存在は友達というよりかは、どちらかといえば傍若無人な姉に近い存在だと和泉は思う。女のくせにやんちゃな五十嵐に付き合わされて、ピンポンダッシュやらスカート捲りやらを繰り返していた幼少期は和泉の黒歴史である。ちなみに、このバイトを紹介してくれたのも五十嵐だった。


「そういえば和泉って、小さい頃に宇宙人に会ったって騒いでたよな?」


「そ、それは――」


 痛いところを突かれて言葉に詰まる。


 和泉は確かに、小学生の頃、宇宙人に会ったことがあった。


 いや、こう言うと語弊があるだろう。正確に言えば、和泉は小学生の頃〝宇宙人に会ったと信じていた〟というのが正しい。


 小学二年生だったあの頃、和泉は共働きの両親を持つ鍵っ子だった。


 そんなある日、和泉は小学校から帰宅したところで自宅の鍵を失くしていることに気づいた。その結果、和泉は母がパートから帰ってくるまで家の鍵を開けることが出来ず、途方に暮れて公園で時間を潰していた。


 ――地球人の子供よ、どうしたのだ?


 そんな和泉に声をかけてきた相手が、宇宙人だった。


 そいつは丸い頭から円柱型の胴体を持ち、手足代わりの細い触手を伸ばしている――まるでタコのような見た目の宇宙人だ。遠目から見たらデカい頭と寸胴な体でコミカルな風貌に思えるが、触手の付け根は人の指のように関節が透けて見えたり、目玉は湿り気を帯び血管が浮いているリアルさを持ち、なんだか虫の裏側を見ているような気持ち悪さがあった。


 見た目に反して普通に喋りかけてきた宇宙人に対して、あの時の和泉は素直に〝鍵を失くした〟ことを伝えた。あの時の和泉が、どうして逃げずに宇宙人を信用したのかは疑問に思うこともあるけれど、そんな和泉に宇宙人は優しく言ったのだ。


 ――なら、一緒に鍵を探そう。


 和泉は宇宙人と通学路を戻り、雑談を挟みながら道端に落ちていた鍵を見つけた。


 そして、和泉は親切な宇宙人と別れてから、この話を親やクラスの友達など、五十嵐も含めて色々な人に話してしまった。……もちろん、和泉の話は誰にも信用されなかったし、むしろ不審者がいるのではないかと大きな騒ぎになってしまった。


 正直に言えば、和泉はあの宇宙人のことを今でも鮮明に思い出せる。


 しかし、それはどう考えても現実的ではなかった。


 結局のところ、あれは現実ではなかったのだと今になって思う。


 つまり〝幽霊の正体見たり枯れ尾花〟って奴だ。


 子供の頃っていうのは、ありもしない〝何か〟を見ることがある。


 当時は本物の宇宙人と出会ったと思ったが、あれは本物の宇宙人なんかじゃなくて、ただの変な着ぐるみを着た不審者だったのかも知れないし、そもそも夢で見たことを現実だと思い込んでしまっただけかも知れない。


 結局のところ、現実として残ったのは、和泉が「宇宙人を見た!」という与太話を誰彼構わず話してしまった事だけとなった。


 そして、小学生というのは素直であり、時に残酷である。


 宇宙人の話を吹聴した和泉は、同級生に〝宇宙人〟とあだ名を付けられたのだ。


 ……言葉というのは曖昧で、時に意図が無くても人を傷つける。


 宇宙人というのは額面通りの意味だけでなくて、どこか〝分かり合えない変人〟という意味合いを持っていた。馬の合わない奴に何気なく言われた〝アイツは宇宙人だからな〟という言葉は、和泉を小学校卒業まで苦しめ続けることになる。


 日本の学校っていうのは普通でいることが正義で、宇宙人にとっては生きづらい世界だった。


 そうして過ごした結果、和泉はいつからか宇宙人が嫌いになっていた。


 自業自得なことは百も承知だったが、和泉は未だに宇宙人が嫌いなままで、そんな自分が改めて切通に〝宇宙人だ〟と呼ばれたのは心外だったりする。


「……生き血だって、くっそ不味いしな」


「なんか言ったか?」


「いや、なんでもねぇよ」


 話題を変えたいと思いつつ見上げた店内の時計が、二十二時の十分前だと気づく。


 リサイクル・パラダイスは二十二時が閉店のため、そろそろ店じまいだ。


「蛍の光かけとくぞ」


 和泉は五十嵐に声をかけ〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれた扉を抜けバックヤードに入る。店内放送用の機械を弄り、パンク調のインディーズ感溢れる店内のBGMを、落ち着いた笛の音に切り替えた。


 これで今日の仕事も終わりかと伸びをしながら、何気なく監視カメラの映像を見た。


 リサイクル・パラダイスの店内は、中古屋特有の雑然とした雰囲気に包まれている。


 ど派手だったり安っぽかったりする古着が所狭しに並んでいたり、価値の分からない人間にはゴミにしか見えないアンティークのブーツや使い古された鞄が忘れ去られたように棚に鎮座しており、真新しいiPhoneがガラスケースに並んでいるかと思いきや、遊んだこともない他二世代は前のゲーム機がゲームソフトと抱き合わせでビニール紐によりぐるぐる巻きにされてワゴンに置いてあったりする。


 こういう雑然とした雰囲気が和泉は好きだ。


 なんだか宝探しみたいで。


 ぶっちゃけ店員としては、毎週商品が入れ替わるのと、どこに何があるのか把握しづらくて不便ではあるのだけれど、掘り出し物に出会うことも珍しくはない。


「閉店間際だからって、サボってんじゃねぇぞ!」


「いてっ!」


 不意に頭頂部を硬いモノで叩かれた。

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