第6話 宇宙人が好き 2


 切通きりがよいは、涙目のまま睨みつけてくる。


 それは、高校生まで成長した人間が取るような態度ではなかった。宇宙人が存在しないなんてのは、サンタや魔法使いがいないのと同じ類の、何の面白味もない当たり前の現実に過ぎない。宇宙人がいないということを――切通は、この歳になっても受け入れられてないってのか?


「宇宙人は、絶対にいるわ!」


 涙目で睨みつける切通に、和泉いずみはばつが悪くなって頭をかいた。


「なぁ? 切通?」


 和泉は切通を傷つけたいわけでも、虐めたいわけでもなかった。


「切通は、どうして宇宙人を――」


 そこまで信じているんだ?


 そう問うために開いた口は、最後まで続かなかった。


 切通が机に広がるガラクタの山に手を突っ込み、あるものを取り出したからだ。


 その拍子にガラクタの山は音を立てて崩れ、様々なグッズが床に散らばるが、和泉も切通も、そんなことなど気にしていられなかった。


 なぜなら、切通の手にあるソレは、刃渡りが十五センチぐらいで、その切っ先は鏡のように磨き抜かれていて、指でなぞるだけでも血が浮きそうな――まるで宇宙人とは関係なさそうな、鋭い両刃のナイフだったからだ。


「……そ、それも、宇宙人に関係するアイテムなのか?」


 和泉の問いに、切通は薄く笑う。


「これ、本物の宇宙人とは関係ないんだけれどね? 宇宙人マニアなら喉から手が出るほどに欲するアイテムのひとつよ。和泉君は『エイリアン2』って観たことある?」


「……観たけど、あんまり覚えてない」


「残念ね」


 切通はナイフを持つ手を伸ばし、その切っ先を向けてくる。


「『エイリアン2』で〝ファイブ・フィンガー・フィレット〟って技を魅せるシーンがあるんだけど、和泉君は知っているかしら?」


 切通の口にした映画のシーンは覚えてないが〝ファイブ・フィンガー・フィレット〟という技自体は知っていた。その技は、指を開いた手を机に付け、その指の間をナイフの刃先で突いていく――言わば根性試しに近い危険な技だ。中学の頃に仲間内で流行って、すごいゆっくりだけれど、尖らせた鉛筆で遊んだことがある。


「あの早業は映像の早回しじゃなくて、実際の速度らしいのよね。一部のマニアはあのシーンを伝説とまで呼んでいるけれど、その時に使われたナイフと同じ型番のモノがこれよ」


「……マジか」


「でも、そんなことはどうでもいいわ」


 切通はゆっくりと近づいてくる。


「和泉君は自分が宇宙人じゃないと言い張るのよね? なら、私は宇宙人がいるって証明するしかないわ。本当は使いたくなかったんだけれど、仕方ないわよね?」


「……」


 後ずさりながら、ようやく切通の目的に気づく。


「宇宙人は、血液が緑色なのよ?」


 切通の口はひん曲がっているが、その目は笑っていなかった。


 ――ひ、ひいいいいいいい!!


 和泉は無様に尻もちをついていた。


 あまりに怖くて、悲鳴すら上げられなかった。


 ほんの十分前までは切通に告白されて付き合う未来もあるのかと期待を抱いていたし、もしかしたら自分はそれにOKを出すのかも知れないと考えていた。事実、さっきまでも予想の斜め上とはいえ――こんな常識外の状況ではなかったハズだ。


「……少しだけ、私と付き合って?」


 こ、こんな付き合い方はごめんだ!


「ま、まままま、待てっ! 待て、切通っ!! 話せばわかるっ!!」


「あら? 言葉で宇宙人だと証明してくれるの?」


 ゆっくりと近づいてくる切通が小首を傾げた。


 その顔は整っていて可愛らしいけれど、ナイフの反射した光に照らされている。それが許されざる組み合わせなのは間違いない。


「お、俺を刺したら、切通も困ることになるぞ!?」


 和泉は自分が五体満足でここから逃げ出すための言葉を、切通に伝えなければならない。


「どうして?」


 迫る切通に、叫ぶように口を開く。


「お、俺が人間だったとしたら、こんなのは傷害事件で、切通の経歴に関わる! か、仮に俺が宇宙人だとしたら――人類は宇宙人に敵対したことになる! もしそうなれば、切通一人の問題じゃなくて、それは宇宙戦争規模の大問題に発展するぞ!? 最悪のケースだと、人類は野蛮な種族だと認定されて一つ上の存在の仲間入りはできなくなる! そうだろ!?」


 和泉の苦し紛れの言葉に何を思ったのか、




「その台詞、どこで聞いたの?」


 


 切通の目が、改めて見開かれていた。


 純粋に驚きが浮かび、素直に興味を引いているようで。


 さきほどの鬼気迫る切通とは、まるで違う感情がそこにはあった。


「う、宇宙人ってのは、何故かお節介な奴らだろ? 宇宙人は地球の平和に敏感で、地球人が倫理的な種族なのか、それとも話し合いのできない野蛮な種族なのかを調べてる。俺はそう思うんだが……変なこと言ってるか?」


「いえ、その……考え方に至った理由ではなくてね?」


 どこか煮え切らない言葉を紡ぎながら、切通は無防備に歩き続けていて、不意に気づく。


「き、切通?」


「な、何――よっ!?」


 こちらに向かって歩く切通の足元には、切通の自慢のガラクタが散らばっていた。


 そして、そのうちのひとつ、水晶髑髏に切通の上履きが乗った。


 瞬間。


 尻もちをついたままの自分へと、重心を失った切通が倒れこんできた。


 その手にはナイフが掴まれたままで、その切っ先が重力と共に振り下ろされる。


 ナイフの切っ先は、何の抵抗もできなかった和泉の右頬をかすめた。


 ひええええええええええ――え?


 顔の真横に突き立てられたナイフに戦々恐々としながら、和泉は新たな問題に気づく。


 切通は、無防備な体勢で和泉へと倒れこんだのだ。


 つまり、その体は重力に引かれるまま押し付けられていて、図らずとも和泉と切通は抱き合うように密着している。


 それは例えば、切通の頬と和泉の頬で、切通の白く細い右腕と和泉の左腕で、切通の発育の良い胸が和泉の胸に押し付けられ、短いスカートから伸びるふとももが和泉のふとももの間に差し込まれている。すぐそこにある切通の黒髪は、あの日と同じシャンプーの匂いがした。


 女の子に、密着状態で覆いかぶさられている。


 そんな経験を、和泉は生まれて初めて体験した。


「ご、ごめんなさ――い!?」


 そして、それは生理現象だった。


 視界のすぐそこにある四つん這いになった切通の顔が、みるみる真っ赤に染まる。


 なぜなら、押し付けられたのは上半身だけではなかったからだ。


 切通のふとももに触れているアソコは、見事なまでにテントを張っていた。


「……キャトられた人が、宇宙船で宇宙人に性行為を迫られる話ってあるじゃない?」


 馬乗りになったまま、切通が口を開いていた。


「え? ああ、そ、そうだな?」


 話の流れが分からないまま肯定したが、切通は恥ずかしそうに顔を反らした。


「宇宙人と地球人が性交したら、受精ってできるの?」


 それを聞いて、和泉は思わず天を仰いだ。


「頼むから、今日はもう勘弁してくれ」

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