第5話 宇宙人が好き 1


 和泉いずみは視聴覚室の前で深呼吸していた。


 視聴覚室は校舎の最上階、四階の端にある特別教室で、大きさこそ普通の教室と大差ないが、その前面にはテレビや上部から引っ張り出せるプロジェクター用のスクリーンなんかが備え付けられている。たまに道徳やら英語の授業で映画を見て感想を書いたりすることが主な教室で、要は手抜きに近い授業であるため生徒からの人気は高い。


 いつもなら何気なく開くその扉を前に、和泉は緊張していた。


 気持ちが高揚したのに合わせ、急いで階段を上ったことで息が上がり、和泉はそれを悟られないようにするために呼吸を整えている。


 しかし、これからの展開を考えると、どうも気分を落ち着けるのは不可能な気がした。


 和泉はとりあえず、扉をノックしてみる。


「どうぞ」


 透き通るような声の主が切通きりがよいであると確信し、あの封筒が悪戯ではないのだと知る。


 和泉は緊張でじわりと汗をかいた手で、ゆっくりと扉を開いた。


「来てくれたのね」


 視聴覚室は、午後の暖かな日差しが差し込んでいた。


 切通は窓際の机に寄りかかるようにして立っていて、その視線は手にあるブックカバーのかけられた文庫本に落とされている。窓が開いているが風はなく、静かに舞っている埃が輝き、ただでさえ綺麗な切通の姿をより引き立てていた。


 運動場からどこか投げやりな運動部の掛け声が届いて、不意に現実に戻される。


 切通は切りの良いところまで読み終えたのか、本に栞を挟み机へと置いた。


「あまり人には聞かれたくないから、扉を閉めてもらえる?」


「お、おう」


 和泉の体もようやく動き出して、視聴覚室の扉を閉める。


 誰もいない教室に切通と二人きり。


 そんなシュチュエーションを意識したら、さらに緊張した。


「……俺に話したいことって、なんだ?」


 さっそく切り出すと、切通は柔らかい笑みを浮かべた。


「実は、和泉君に告白したいことがあるの」


 ――告白。


 その甘酸っぱくも青春を詰め込んだ言葉に胸が高鳴る。


 これから、自分の身に都市伝説だと思っていたバラ色の高校生活が訪れるのかと思うと感慨深いものがあった。


「まず、これを見てほしいの」


 切通は横に置いていた通学鞄を手に取り、それをおもむろにひっくり返した。


 あっという間に机の上には大量のガラクタが飛び出して山盛りになる。それは例えば水晶でできた髑髏で、安っぽい銀色の光線銃で、海底で朽ちかけたような歯車の塊で、奇抜な灰皿に見えもなくないUFOの模型で、宇宙人のフィギュアやぬいぐるみで。


 それはまるで、福袋に詰められた売れ残りのラインナップのようだった。


「どう思う!?」


 切通は目を輝かせて見つめてくる。


 しかし、それがいまいち和泉には理解できない。


「どうって……なんだ、これ?」


 素直に聞き返すが、切通は水晶でできた髑髏を手に取って解説を始めた。


「ここにあるのはレプリカだけれど、例えばこの水晶髑髏はマヤ文明やアステカ文明などから出土した有名なオーパーツね! スピリチュアルな効果があるという話もあるけれど、当時の加工技術ではありえない精度の出土品ということで宇宙人関与説があるの!」


「へぇ……そ、そうなのか?」


「それでね? こっちのアンティキラ島の歯車は天体運動を計算するための機械の一部だと言われているわ。これと同じように、メソポタミア文明が天動説をすでに唱えて高度な天文学を持つという事実も、彼らと地球外生命体との交流が遥か昔から行われており、それ故の技術だと言われているのよ! すごいでしょ!?」


 輝く切通の笑顔を見て、思う。


 切通は、どうやら自慢の宇宙人グッズを和泉に見せたかったらしい。


 どうしてそんなことをするのかと思いつつも、その笑顔につい見惚れてしまう。


 なぜなら、そこには教室で大人しくしている切通の姿が微塵も存在していなかったからだ。


 いつもつまらなそうに一人で過ごしている切通の、それとはかけ離れた生き生きとした笑顔を見て、和泉は本当に、心の底から――


「で、これを見てどう思う!?」


 問い詰められ、素直に答える。


「切通って、本当に宇宙人が好きなんだな?」


「そのとおりよ!」


 切通は飛び上がらんばかりに喜んでいる。


「でも、どうして……切通は、そんなに楽しそうなんだよ?」


 口をついて出た問いに、切通はこほんと佇まいを直した。


「私、やっぱり宇宙人が好きで――だから、私に本当のことを言っても大丈夫だってことを証明したかったの! 地球人は確かに野蛮で、同じ人間同士でも未だに戦争を続けている愚かな種族だというのも分かっているんだけれど、私は和泉君を裏切らない宇宙人側の人類だっていうことを知ってほしかったのよ!」


「……」


「……」


 見つめ合って、きょとんとする切通に面食らった。


 いや、確かに、昨日の夜、自分が宇宙人だと和泉は名乗った。


 しかし、そんな自白に、どれだけ意味があるのだろう?


「なぁ、少し聞いてもいいか?」


「地球人代表としての回答であると誤解されると困るけれど……いいわ! 私の答えられる質問なら、なんでも好きに聞いて頂戴っ!」


 いや、そんな地球規模の質問なんてないぞ?


 心の中で突っ込みつつも、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


「その、切通は――俺のことを、本気で宇宙人だと思ってるのか?」


 和泉の問いに、切通は迷わず頷く。


 和泉はそこまできて、ようやくことの重大さに気づいていた。


 正直に言って、どうして切通が自分のことを宇宙人だと信じられるのか理解に苦しむし、現実的に考えれば、自分のことを宇宙人だと思い込むには無理がありすぎる。さらに言えば、ただのクラスメイトでしかない自分の言葉を、信用しすぎだとも和泉は思う。


 宇宙人だと肯定した和泉にも落ち度はあるが、切通にだって、それを疑う余地は数えきれないほど存在していたハズだった。


 ……でも、いや、だからこそかも知れない。


 このままでいることが正しいとは、和泉には思えなかった。


「……そんなわけ、ないだろ?」


「……え?」


 目を瞬かせる切通に、和泉は申し訳なく思う。


「軽はずみな気持ちで答えて、悪かった」


 だから、できるだけ素直に、正面から切り込むことにした。


 和泉は結局のところ宇宙人ではなかったし、こんなことを続けても、切通をさらに傷つけてしまうように思えたからだ。


「俺は普通の人間で、宇宙人じゃない」


 切通はその言葉を前に、目を見張った。


「……嘘でしょ?」


「そもそも宇宙人なんて、この世に――」


 尚も否定しようとした言葉は、切通の目を見て失速した。


 切通の瞳には涙がたまって、あの時のように頬を伝っていく。


 それをただ、和泉は眺めることしかできなかった。


 唐突な切通の涙に、ただただ困惑していた。


 人を宇宙人ではないと気づいた人間が涙を流す時とは、どういう時なのだろう?


 その理由が、まるで和泉には想像つかなかった。


「宇宙人は、存在してる」

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