第4話 幸運のコイン


「今日はバイト休みなんだろ? 一緒にゲーセンでも行かね?」


 授業後の掃除を終えて、帰宅部の和泉いずみ貝塚かいづかと下駄箱に向かっていた。


 階段を下りながら貝塚が口を開くが、和泉は眉を寄せる。


「ゲーセンなら自慢の彼女と行けよ。俺なんかと行ってもつまんねぇだろ?」


 否定の言葉に、貝塚は「これだからトーシローは」とため息をついてくる。


 トーシローってどういう意味だ?


 和泉が不満気に見つめる前で、貝塚は改めて口を開いた。


「いいか? ゲーセンは遊ぶのに金がかかるわけ」


「……そりゃそうだろ?」


 当たり前のことを言われて首を捻る。


 それを見た貝塚が大袈裟にため息をついた。


「そんなんだから彼女のひとつもできねぇんだよ。いいか? クレーンゲームひとつにしても安く取れるにこしたことはねぇの。和泉はドラマとかでイケメンが主人公の女にぬいぐるみを取るシーンとか見たことねぇか?」


「ああー。確かに定番なシュチュエーションだな」


「それで、和泉はイケメンが最初からクレーンゲームを得意だと思うか?」


 ……。


 確かに、クレーンゲームが最初から得意な奴は中々いないだろう。


「あれはクレーンゲームで良いところを見せるテクニックだな。イケメンは最初からイケメンなんじゃなくて、イケメンであろうと努力するからこそイケメンってわけ。おわかり?」


 そこまで聞いて、ようやく貝塚の言いたいことが分かってくる。


「つまり、貝塚はクレーンゲームを練習しようってことか」


「いぐざくとりぃっ!」


 話に納得させられて、少しムカつく。


「……でも、その言い回しはダサくね?」


 そんな負け惜しみの指摘にも、貝塚は笑って答える。


「これもイケイケ会話のテクのひとつだ! わざとツッコミどころを作ることで会話を盛り上げる! ……そうだな? あとは協力プレイのゲームなら上手くサポートするぐらいが理想だが、対戦ゲームなら同じ力量の方が盛り上がるから、初見でも充分だろうな。たまに音ゲーとか格ゲーやって彼女を待たせてる奴いるだろ? あれは論外だと思うわ」


「……」


 格闘ゲームにも音楽ゲームにも罪はないと思ったが、確かに彼女といる時に選ぶゲームじゃなさそうだと思う。


「つーわけで、今日はクレーンゲームとガンシューティングを中心に攻めるぞ」


 貝塚はすでに和泉が行く前提で話してやがる。


 まぁ、暇だしいいけどさ。


「貝塚って、そりゃモテるよな」


 和泉の素直な感想に、貝塚は改めて笑った。


「俺と一緒に、和泉君もイケメンになろうぜ☆」


 ……眩しい笑顔に眉を寄せる。


 和泉はやっぱり納得いかないように感じながら下駄箱を開け、


「どうした?」


 貝塚に聞かれながら、下駄箱の蓋を閉めた。


 思わず出席番号と名前を見て、そこが自分の下駄箱子で間違いないことを確認する。


「なんだよ?」


 貝塚が訝しげに和泉の下駄箱を開ける。


 そして、それは見間違いではなかったらしい。


 和泉の靴の上に、封筒が入っていた。


 それは飾り気のない茶封筒であったが、中央に宛名である〝和泉いずみじゅんくんへ〟と宛名が書かれ、右下にはそれを書いたのであろう〝切通きりがよい咲希さき〟と送り主の名がある。やけに達筆だ。


「これって、ラブレターか?」


 茶封筒を手に取って見つめる和泉に、貝塚がぼそりと答える。


「今時古風だな」


「……愛の伝道師よ、こういう時はどうすればいい?」


 本気で悩んでいると、貝塚はため息をついた。


「まずは読めばいいんじゃね?」


「……百理ある」


 封を切って、中身の手紙を取り出した。


 そこに書かれていたのは、とても簡潔な文章だった。




   ★★★




 伝えたいことがありますので、視聴覚室に来てください。


 待っています。


 切通 咲希




   ★★★




「俺ってこれから告白されるのか?」


 横から覗き込んでいた貝塚は、唸ってから答える。


「これだけじゃわかんねぇな。でも、わざわざ呼び出す理由も分からんし? 覚悟は決めといたほうがいいんじゃねーの?」


 ……覚悟、だと?


「ど、どうすりゃいいんだ?」


「煮え切らねぇ奴だな」


 貝塚は楽しそうに笑って、何故か財布を取り出した。


 小銭入れから一枚のコインを出して見せつけてくる。


「これ〝幸運のコイン〟ってんだけど知ってるか?」


「……いや?」


 そのコインは百円玉のような銀色の硬貨で、中央に冠を被った女性の横顔が刻まれている。


「これは迷った時に使える最強のアイテムだ。この女神が書いてある方が表な。こっちが出たら、和泉は切通に会いに行く。裏なら俺とゲーセンに行く。オーケー?」


「ちょ、ちょっと待て!」


 聞く耳を持たず、貝塚は指でコインを弾いた。


 回転して飛び上がったコインを、貝塚は左の手の甲に右手を被せる形でキャッチした。


「さてさて、和泉の運命は――」


 貝塚が楽しそうに右手をどける。


 貝塚の左手の甲に現れたのは女神の横顔――つまり、


「表か」


「ひっひっひ」


 貝塚は笑いながら、改めて財布を開く。


「お主に切り札として、幸運のコインと、これを授けよう」


 まるで老師のような芝居がかった仕草で貝塚が渡してきたのは〝幸運のコイン〟と、小さなビニール袋のようなモノ。


 なんだ、これ?


 それの正体に気づいて、恐れおののく。


 新品の、コンドームだった。


 初めて見た。


「備えあれば憂いなしってな」


 貝塚は和泉の背中を叩いて上履きを穿き替えていた。


 その横で手渡された二つのアイテムを財布にねじ込み、あることに気づいた。


「貝塚、お前――」


「ま、頑張れよ」


 その先を言わせず、貝塚は気だるそうに昇降口から出ていく。


 和泉は貝塚のせいで逃げ道がなくなってしまった。


 行くしか、ねぇよな?

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