第一種接近遭遇

第3話 高嶺の花


「で、それがその時にできた傷なのか?」


 次の日の昼休み。


 和泉いずみは教室で菓子パンを頬張りながら、前の席に座る貝塚かいづかにそう問われていた。


 貝塚は自分の弁当箱を和泉の机に広げ、和泉の鼻の頭に張られた絆創膏を突っついてくる。


「痛いからやめろ」


 和泉の抗議に、貝塚はけたけたと笑う。


「漫画以外で鼻頭に絆創膏を貼ってる奴なんて初めて見たわ。お前、それ絶対キャラ付けだと思われてるぞ。高校二年からキャラ立ち気にしてんの?」


「うるせぇ! 本当に怪我してんだからしょうがねぇだろ!」


 和泉の不機嫌な態度は多少なりとも効果があったらしく、貝塚は話を切り替える。


「でも、それって本当にあの切通きりがよいだったのか?」


「……間違いない。ハズなんだがなぁ?」


 視線をちらりと切通へと向ける。


 和泉の席は教室の真ん中の一番後ろで、切通の席は窓際の一番先頭だ。昼休みだというのに一人で過ごしている切通を見ても、その黒い長髪の背中しか見えない。恐らく、いつも通り読書でもしているのだろう。


 教室での切通と言えば才色兼備の優等生といった姿は相変わらずで、和泉自身も昨日の出来事は夢か幻と言われた方が納得できる。


「どちらにしろ、アイツは辞めとけ」


 貝塚はまっすぐ口を開いた。


 不愛想な言い草に、和泉は眉を寄せる。


「……なんでだよ?」


「なんでって、んなもん決まってんだろ? 切通って誰ともつるみたがらないし、特に男嫌いな節があるぞ。俺も一年の頃に狙ってみたんだが、告白どころか会話すらままならなかった。あれはマジモンの一匹狼だな」


「それは貝塚が嫌われてるだけじゃねーのか?」


「いってろ!」


 貝塚は和泉の言葉を笑い飛ばした。


 和泉は貝塚と小学校からの腐れ縁だが、その実態はリア充そのものだ。


 顔立ちも悪くないし、中学生の頃にサッカー部のエースだった貝塚はモテモテだった。不意に貝塚の貰ったチョコを二人で食べすぎて虫歯になったことを思い出す。あれは絶対に貝塚のせいだと和泉は思う。


「どちらにしろ、切通は難易度高すぎ」


「……っていうか、俺は切通を狙ってるわけじゃないんだけどな?」


「そうなのか?」


 貝塚は逆に眉を寄せ、問いを続ける。


「じゃ、なんの話だったんだ?」


 貝塚には狙ってる女の話しかしちゃいけねーのかよ。


「いや、なんていうか、そんなことがあったら気になるだろ?」


「……それさ?」


 貝塚は腕を組んで、和泉の言葉を一蹴した。


「やっぱり、狙ってるんじゃねぇの?」


 狙ってる。


 日本語の曖昧さに思いを馳せながら、本当にそうなのか考えてみる。


 切通の事が、自分は本当に好きなんだろうか?


「俺もお前の友達として応援したいけど、もっと手堅く攻略しやすい奴から手を出せよ」


 貝塚は箸を振り回しながら言葉を続けた。


「勇者だって魔王より先にスライムを倒して経験値を得るだろ? それと同じだ。確かに切通は美人だし優等生で魅力的なのは分かる。でもな、それならもっと攻略可能な――例えばたちばなとかすげぇ可愛くねぇ? 五十嵐いがらしさんなんて不良だけどめっちゃ優しいだろ?」


 貝塚が向けた視線の先には、机をくっつけて楽しそうに弁当を食べる橘と五十嵐の二人組がいた。確かに、それが現実的で正しい選択かも知れない。


「でも、恋愛って……そういうモンなのか?」


「和泉って、意外とロマンチストだよな」


「……」


「いいか? 恋愛なんて言葉の上っ面だけ見てるからそう思う訳よ。どんなことでも理想と現実には大きな隔たりがあって、例えばアイドルや声優なんてモンとお前が付き合える訳がないのと同じで、お前が恋愛対象にできるギリギリのラインは五十嵐さんだな。そもそも和泉は五十嵐さんと幼馴染だろ? そういう雰囲気にならねぇの?」


「……それは五十嵐にも失礼だろ?」


 五十嵐にだって、相手を選ぶ権利はもちろんある。


「俺が言ったって吹聴するなよ? とりあえず愛の伝道師の恋愛術を聞け!」


 貝塚は改めて笑い、白い歯を見せている。


「俺だって互いに好きな奴が恋人になって幸せになるんだと思ってたが、現実はそう分かりやすくねぇんだ。恋愛って奴は、どうしても上下関係が生まれちまう。結局のところ、恋愛なんてもんはマウント合戦でさ? 愛されるより愛したいなんて嘘だよ。愛って奴は、愛してる側が圧倒的に不利なんだ」


 貝塚は恋愛経験が豊富だろうが、その言葉には夢が無いように思った。


「……相思相愛って、存在しないのか?」


 和泉の問いに、貝塚は唸る。


「それに近い方法なら知ってるぞ」


「近い?」


「例えば、和泉が絶対に付き合いたい相手がいたとして、それが高嶺の花だとする」


 ちらりと切通の後ろ姿に視線をやった。


「……おう」


「それなら、その相手に似合うように自分を変える訳よ。現実問題として、その相手に相応しい――いや、それ以上に相手の気を惹く人物になれるように自分を磨く。そうすりゃ勝手に相手も好きになってくれる。これなら自分は相手の事が好きだし、相手も自分を好いてくれるだろ? つまり、相思相愛の完成ってわけ! 俺は、この方法で今の彼女に落とされた!」


「……のろけ話かよ?」


「いや、実際問題、俺のためにオシャレする彼女とかすげぇ可愛いぞ? 手作り弁当に俺の好きなオカズ入れてくれるのとかマジで天使だからな。お前にも幸せをわけてやりてーよ!」


 貝塚は自分のつまんでいる弁当を見せつけてくる。


 貝塚は他高の女子と付き合っていて、弁当を作ってもらっているらしい。


 ……冷凍食品が多そうだとしか思わなかったが、和泉は仕方なく乗ってやることにする。


「はいはい。羨ましい限りだよ」


「和泉くぅーん! 嫉妬は醜いぞ?」


「うるせぇ」


 そんなところでチャイムが鳴って、午後の授業が始まった。


 授業中、不意に黒板から視線を外し、改めて切通の後ろ姿を見つめてみる。


 外見だけではなく、勉学においても優等生の切通は、確かにポテンシャルが高いし、高嶺の花という言葉が相応しいだろう。そんな切通と釣り合う相手を想像してみるが、どうしても昨日の夜のことを思い出してしまった。


 あの時、切通は本当に嬉しそうに笑った。


 教室ではいつも通りに不愛想だけれど、あんな笑顔もできるんだよな。


 そこまで踏まえた上で、切通の理想の相手を考えてみる。


 肌が銀色で、頭でっかちで、目が大きいグレイタイプの宇宙人が和泉の頭に浮かんだ。そんな宇宙人と腕を組んで笑う切通は、なんだかとっても幸せそうに思えた。


 つまり、切通と付き合うためには――俺が宇宙人にならなきゃいけないってことか?


 和泉はそこまで考えて、馬鹿々々しくなって黒板に視線を戻した。


 宇宙人なんて、いるわけがない。

 

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