第2話 プロローグ 2
彼女は
同じクラスだから何度か話はしたことがあるものの、和泉と切通には深い接点がなく、あまり良い仲とはいえない。友達というよりも、知り合いに近いだろう。
「嘘でしょ?」
切通は手にある大きな懐中電灯を点け、和泉の顔をまじまじと見つめていた。
戸惑う顔も美人なのはズルいと和泉は思う。
そんな和泉の思いなど露知らず、切通は言葉を続けた。
「……もしかして、和泉君が?」
独り言を漏らす切通の視線は不躾だった。
頭から足まで何度も視線を往復させて和泉のことを確認し、切通はひとつの結論を導き出したらしい。
「そうだったのね! 盲点だったわ!」
「……盲点って、何がだよ?」
不審者が知り合いだったことに胸をなでおろすが、そう簡単に話は落ち着かないらしい。
どこか話が通じない雰囲気に、和泉はますます眉を寄せる。
教室では物静かで清楚な優等生だと思っていたが、切通は意外とヤバイ奴なのか?
そんな和泉の疑問は、次の一言で確信へと変わる。
「まさか、和泉君が宇宙人だったなんて、知らなかったわ!」
和泉はそれを、まるで馴染みのない、外来語のように感じた。
「……俺が、宇宙人?」
遅まきながら理解した言葉をオウム返しした和泉に、切通は勢いよく頷き返してくる。
残念だが、和泉の聞き間違いではないらしい。
「それなら、最初から言ってくれれば良かったのに!」
切通は困惑する和泉を置いてきぼりにして言葉を続けた。
「私、ずっと宇宙人に会いたいと思っていたのよ!? こんなに近くにいるなら、もっと早く声をかければ良かったわ!!」
きらきらと瞳を輝かせる切通を見て後ずさる。
切通はどうやら、和泉のことを本気で宇宙人だと決めつけているらしい。
和泉自身、そんなの初耳で、そもそも――
「俺は宇宙人じゃないぞ?」
とりあえず否定してみたが、切通の表情は変わらなかった。
「そうよね。そりゃそうよね?」
何度も頷き、切通が懐中電灯をその場に置いて近寄ってくる。
切通は和泉の両肩に手を置き、ニヤリと笑った。
「地球人に正体がバレたら困るのよね?」
「隠してる訳じゃねーよ!!」
和泉は精一杯否定したが、切通は聞く耳を持たない。
「大丈夫よ? 私は宇宙人に友好的な人類だから安心して頂戴。あなたの存在を日本政府やJAXAに受け渡したりもしないし、誰にも正体をバラさないわ。それとも、私にバレるだけでも問題があったりするの? もしかして、宇宙法違反とかでUFOの免停とかになるとか? それともこれから私の記憶を消したりするの?」
美少女に肩を掴まれて、こんな至近距離で会話をしたことなど生まれて初めてだった。
そんな緊張のせいか、そもそも聞きなれない言葉の羅列のせいか、切通の話は三割ぐらいしか理解できない。
「だから、俺は宇宙人じゃないって!」
「そんなハズないわ!」
誤解を解きたくて尚も否定するが、切通はそれを受け入れない。
本人が否定しているのに、切通には退く気がないらしい。
「なんで言い切れるんだよ!?」
和泉の最大の疑問に、切通は〝よくぞ聞いてくれました〟と言わんばかりに口の端を曲げる。
「まず第一に、あなたが私の宇宙人召喚の儀式に応えてくれたからよ」
「宇宙人召喚の、儀式?」
なんだそれと思いつつ、地面の落書きに思い当たる。
「もしかして……これって宇宙人を呼び寄せるための魔方陣で、切通が書いたのか?」
和泉の問いに、切通は不敵な笑みを浮かべた。
「わかってるじゃない!」
わかってねーよ! 今知ったよ!?
「これは私の父が海外のミステリーサークルを参考にして生み出した魔方陣よ! それを前に宇宙の集合意識と繋がる瞑想を掛け合わせることによって宇宙人をこうして呼び寄せることが可能になるの! 本当に私の想いに応えてくれて嬉しいわっ!!」
ずいっと顔を近づけられて恐れおののく。
至近距離で感じた同年代のシャンプーの匂いに、思わず顔を背けた。目と鼻の先にいる切通は、髪に艶があるから風呂上りかも知れない。
「やっぱり! 図星だから目を反らしたんでしょ!?」
「それは……」
言い淀む和泉に対し、切通はさらに顔を近づけてくる。
思わず顔が赤くなったと思う。
「それに、言い逃れできない第二の理由もあるわ!」
切通は胸を反らせて笑った。
同級生の中でも発育の良い胸が強調されて、訳の分からない言葉よりも気になってしまう。
「宇宙人って、やっぱり血液が緑色なのね!?」
そこまで言われて、ようやく和泉は〝宇宙人の生き血〟を浴びていることを思い出した。
「こ、これは俺の血じゃねぇぞ!?」
しかし、和泉の慌てる姿を見て、切通は確信を深めたらしい。
ニヤリと笑う切通が肩から手を放し、和泉の頬に指を這わせる。
まるでイケメンのホストがやりそうなその仕草にドキリとする。
そのまま切通に顎を撫でられ、キスされるのかと思った。
しかし、それは杞憂だったらしい。切通は和泉の顎から指を離すと――その指先を自分の口へと向けた。舌を出し、ぺろりと舐めたその指先には、緑色の液体が付着している。
「〝宇宙人の生き血〟みたいな味ね。あれって本物だったのかしら?」
小首を傾げる切通に、ため息が出た。
コイツはどこか、人間としての大切な何かが欠落している気がした。
「切通って、あのクソ不味いジュースを飲んだことあんのか?」
「毎日飲んでるわ! 宇宙人に少しでも近づきたくてね!」
目を輝かせる切通に眉を寄せる。
「素直な質問なんだが、不味くねぇの?」
和泉の問いに、初めて切通の返答が遅れた。
「……独特な風味よね」
「それ、誉めてないだろ?」
「そ、そんなことないわよ?」
誤魔化すような切通を見て、ため息が漏れる。
「あのクソ不味いジュースなら、山向こうのリサイクル・パラダイスって中古屋で投げ売りされてるから買いに行けば?」
「え? そうなの? 通販で買うとけっこう高いのよね。助かるわ」
「そうか。よかったな。じゃ、俺はこれで」
和泉は比較的滑らかに別れを切り出して背を向けたが、
「待って!!」
叫ばれて、足を止めた。
「だから、俺は宇宙人じゃ――」
振り返った和泉の目に飛び込んできたのは、切羽詰まった切通の表情だった。
切通は息苦しそうに眉を寄せ、縋るような視線を向けていた。
「あなたは本当に、宇宙人じゃないの?」
まるで迷子になった小学生みたいなその仕草に、和泉は戸惑った。
宇宙人を本当に信じている奴なんて初めて見たし、初めて出会った。
そんな切通を見て、何か、よくわからないモノが湧き上がる。切通を見て感じたソレは、幼い頃の自分だと思った。そして、湧き上がってきたソレは、そんな純粋な思いを抱き続けられる奴に対する、一種の憧れのようなモノ、だったのかも知れない。
「……仕方ねぇな」
和泉は改めてため息をついていた。
「誰にも言うなよ?」
正直に言えば、単に根負けしただけだった。
でも、それは無責任な台詞でしかなかったのだろう。
「俺は宇宙人だ」
時が、止まったかのようだった。
切通が、自分をまっすぐに見つめていて、
「……やっぱり、そうだったのね?」
笑顔のまま涙が頬を伝っていく。
うれし泣き、だった。
切通が何を考えているのか、和泉にはまるで理解できない。
「宇宙人は、やっぱり、地球に来ていたのねっ!」
それはまるで、夢の中のように支離滅裂な出会いだった。
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