その3 シンツィアにゃ!

 王の玉座に座りシンツィアの報告を聞くブラス王は映像を見ると食い入るように見つめる。


「以上が報告になります」

「ああ分かった。さっきの映像を記録した魔法水晶は置いていけ。もう下がってよいぞ」


 シンツィアが王の側近に渡した魔法水晶を新しいオモチャを与えられた子供のような顔でブラス王が水晶を受けとると大事そうに撫でる。


「なんだ、わたしは下がれといったはずだが」


 ブラス王が未だ膝をついて頭を下げるシンツィアを見て苛立ちのみえる声をだす。


「も、申し訳ありません。ただこの度の敗退の責任。私1人だけ生き残った失態について……」

「よい!」


 シンツィアは一瞬何を言われたのか理解出来ず呆けた顔をしてしまう。

 そんなシンツィアのことより今手に入れた水晶の映像を見たくてたまらないといった感じのブラス王は言葉を続ける。


「わたしが良いと言ったのだ。お前はこの映像を持ち帰りわたしを満足させた。それだけで今回の作戦の意味は十分にあり戦果も上げている」

「お、お言葉ですがこの度の戦で20万もの兵を失いました。その失態について言及はなさらないのでしょうか」


 深々と頭を下げ必死で自身の責任も含めて問うシンツィアに興味も無いと言った感じでブラス王は言い放つ。


「兵は戦う為のものであろう。ならば死ぬのは当然、なにを考える事がある。足りないというのなら商人や農民にでも鎧を着せればよかろう。それでも足りぬならどこかの国でも潰して補充すればよい。もういいから下がれ。わたしは忙しいのだからな」


 ブラス王は立ち上がると自室に帰って行く。残されたシンツィアはまだ頭を下げたままだ。


(なんなのだブラス王の考えが全く分からない。人の命などどうでもいいと言うことか)


 ゆっくり体を起こすとよろけるように謁見の間を出ていく。


「シンツィア」


 ふと後ろから声をかけられ振り返ると自分の隊長であるアリアが立っていた。考え事をしていてぼんやりしていた頭のモヤを振り払ってシンツィアは慌てて謝罪の言葉を述べる。


「アリア様この度は私のせいでアリア様の経歴に泥をってしまい申し訳ありませんでした」


 頭を下げるシンツィアの肩をアリアが叩くとシンツィアは恐る恐る顔を上げる。


「今回の大敗退は仕方ない。おそらくブラス王も分かっていてやっていたはずだ。私も魔王シシャモとペンネの戦いを間近で見て経験したから言える。あれは人の敵うものではない」

「だからといって敗戦が許されるものではありません」

「ああ、だからシンツィア責任を取って軍を辞めろ」


 突然の提案に言葉の出ないシンツィアにアリアが言葉を続ける。


「シンツィアお前もう戦えないだろう」

「そ、そんなことはありません!」

「シンツィアお前は今までよくやってくれた。私の無茶な命令にも答え厳しい言葉にも耐えてきてくれた。お前は戦場から離れるんだ。今度の戦いでこの国は大きなダメージを受ける。復興するとき指示出来る者が必要だ」


 アリアが反論するシンツィアを抱き締める。


「私にとって妹のような存在だったシンツィア。どうか生きて欲しい」


 ゆっくりシンツィアを離すと微笑み去っていく。1人残されたシンツィアは呆然とアリアの背中を見送る。



 ***



「なんだあ? 優しいねえアリアさんは?」

「茶化すな。戦場で使えん役立たずを追い出しただけだ」

「はい、はい」


 先ほどのやり取りを見ていたロルフがアリアをからかうがアリアは適当にあしらってその場を後にする。


「ふ~ん、シンツィアちゃん軍やめるのか」


 ロルフは笑みを浮かべる。



 ***



 アリアの力も働いたのだろう。驚くほど簡単に受理された除隊の処理。

 10歳のときに魔法の才を認められ13年間ずっと軍にいたシンツィアにとって何のしがらみも目的もなく町に出るのは新鮮であり不安でもあった。


 服装も一般市民と同じになったシンツィアに昔のような注目は集まらない。

 そんな変化に少し寂しさと物足りなさを感じながら町を歩く。


 部下を通して渡されたアリアの手紙を広げる。簡単な労いの言葉と行く宛の無いシンツィアの為にアリアの知人の家の場所とその人宛の別の手紙を渡すように書かれていた。

 アリアの優しさと気遣いに目を潤ませるシンツィアの目の前に3人の男が立ちはだかる。


「シンツィアさんですね。少し付き合ってもらえませんか?」


 真ん中に立つ屈強な男が丁寧だが拒否をさせる意思のない言葉でシンツィアに話しかけてくる。


(冒険者か……私を狙う理由は分からないが今ここで戦闘になるのは避けた方が良いか)


「分かった。ついていくから先に行ってもらえない?」

「ああ構わないです。じゃあこっちへ」


 3人の男が先頭に立ちその後ろをシンツィアがついていく。


(あっさり後ろにつくことを了承したということは他にも仲間がいるということか、それともハッタリか)


 警戒するシンツィアをつれて町の路地裏に案内されると1人の男が木箱に座っていてシンツィアを見ると爽やかに微笑む。


「やあ待ってたよシンツィアちゃん」

「ロルフ様!? なぜこのような場所に」


 驚きを隠せないシンツィアに嬉しそうに笑うロルフ。


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