その2 燕の成長にゃ!

 孤独の森を大きく離れ谷に向かう途中の小さな草原に小さな家が一軒建っている。その家の前で薪を割る屈強な男が1人。


 カーーンと心地よい音が響くその音がピタリとやむ。


「お久しぶりです父上」


 燕が男に頭を下げ挨拶をすると男は額の汗を拭い燕に視線を向ける。


「燕か。して何用だ?」

「はい、この度、魔王シシャモ軍の1人として生きていくことを決めました故、御報告に参りました」


 男は斧を置いて燕の元に近付く。カチィーーン! っと甲高い金属音が草原に響く。男が抜いた刀を鞘から僅かに抜いた刀身で受け止める燕。


「ほう、腕を上げたな。ふむ、取り敢えず昼飯を食っていけ。母さんにも挨拶をしていけ」


 家の中に入るとこじんまりとした部屋の中で料理をしている燕によく似た女性がいた。


「母上、お久しぶりです」

「燕、久しぶりですね。なんだかたくましくなった感じがしますよ」


 にこやかに微笑みながら突然の訪問にも関わらず料理をテーブルに並べていく。

 父親と母親と対面しお昼を食べる燕。筋肉質の大きな体と額に大きな角を持つ父親の名は『玉鷸たましぎ』オーガの男だ。

 母親は燕と同じ青く長い髪に静かな感じだが芯の強さを感じさせる女性名を『賤鳥しずとり

 食事をしながら玉鷸が燕の今まで何をしていたかに答えている。


「この草原の奥に魔物の巣があってそこでレベル上げと剣技を磨いておった。その中に洞窟の魔王と呼ばれる者がいてな。ワシが討伐しておいたわ」


 豪快に笑い出す玉鷸の話に興味津々な燕に気を良くして色々な話をしてくれる。


「ときに燕よ。お主の遣えるという魔王シシャモとは何者だ。風の噂で聞いた魔王狩りシシャモと同じ名前だが」

「はい、同一人物です。3大魔王を配下に置き魔王として君臨致しました」

「なに!? 3大魔王を配下にだと……強いのかその者は」

「はい、シシャモ殿はかなり強いです」


 そこからもくもくと食事は進み食べ終えると玉鷸が立ち上がる。


「燕、外に出ろ。賤鳥も来てくれ」


 家から少し離れた草原まで一緒に歩くと玉鷸がおもむろに刀に手をかける。


「燕、刀を抜け! お前の実力見せてもらうぞ。お前の剣を見れば魔王シシャモの器も見えてくるというもの」


 賤鳥が少し心配そうに燕に問いかけてくる。


「燕、あなたはレベルいくつになったのですか? 父上とレベル差がありすぎると怪我しますから」

「レベル125です、父上はいくつでしょうか?」


 玉鷸は黙る。娘である燕の性格はしばらく離れていたとはいえ分かっているつもりである。根はかなり真面目でこのような勝負時に冗談を言うような子ではない。

 ならば結論は1つ。本当に燕のレベルは125なのだろう。


「76だ……」

「玉鷸様、わたしも参加いたしましょうか?」


 逆に夫の心配を始める賤鳥を諌めると緊張した面持ちで刀に再び手をかける。


「いくぞ!」

「はい」


 玉鷸の神速の抜刀の閃光が走り始めた瞬間、閃光が折れる。玉鷸が恐る恐る右手に握られている刀を見ると柄と鍔だけの刀。刀身は遥か彼方に飛んでいったのだろう、見当たらない。

 相手である燕の剣筋は見えず既に刀は鞘に納められている。


「父上約束です。次合間見える時は親子ではない! 敵同士と思え、全力でこい! その教えに従い参ります。これが拙者の全力!」


 燕に赤い稲妻が走り始め、周囲に鋭い風が吹き荒れ赤い稲妻を纏う。立つのも辛いその状態に汗をだらだらかき始める玉鷸。

 突如玉鷸と燕の間に賤鳥が割り込んでくる。


「ま、待つのです燕! ちょっと休憩! 休憩しましょう。ね?」

「え? 母上。父上との約束を今こそ果たすときなのです。ですから──」

「燕、わらび餅! わらび餅があります。母さん一緒に食べたい! 今すぐ燕と食べたいのです! 好きですよねわらび餅?」

「はあ、母上のわらび餅は好きですけど今は──」

「わー嬉しいなあ。燕に私の作ったわらび餅が好きだって言ってもらえて嬉しいなーー。燕のお話も色々聞きたいですし。ねえ?」


 強引に賤鳥に連れていかれる燕が家に入っていく。その様子を呆然と見ていた玉鷸が今一度自分の刀を見る。

 刀身が綺麗に無くなっている。その切り口は鮮やかとしか言い表せない。


「強くなったな燕……ワシも頑張ろう」


 洞窟の魔王を倒し最近レベル80を目前に浮かれ気味だった自分を戒め修行をちゃんとしようと心を入れ替えるのであった。



 ***



「どうです? 燕? 美味しいですか?」

「はい! 母上の作るお菓子は大好きです。だけど父上との……」

「はーーいなんとびっくりです燕! おはぎもあるのですよ! ささ! たんーんとお食べ!」

「頂きます! 母上のおはぎは絶品です」


 懐かしい味を堪能して御満悦な燕はいつの間にか父、玉鷸に認められていることとなる。

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