16.雪が降る前に

 そして彼らが起った年の冬、ついに野武士の集団は、阪島の城に迫った。

 そこまで来たら、もう前国主には逃げる所などなかった。

 集団は、実にじりじりと、城の周りをとり囲んできていた。


「雪が降る前には何とかしたいものだ」


 頭領は言っていた。

 それは尤もだと嘉勝も思った。

 いくら温暖な地域と言っても、冬には雪も降る。大層に積もりはしないが、冷え込みが急激に強くなることには変わりはない。そうなると集団の動きも鈍る。野営の燃料も大量必要になってはくるが、それをそうそう民から徴する訳にもいかない。

 協力する商人や工房も、なるべく短期決戦を願っていた。

 ただの農民なら、殊更だった。



 そして城に火がかけられた。

 これで最後だろう、と誰もが思った。

 だが最後のあがきというものは確かにあった。国主は全ての城に住む者を連れて立てこもったのである。


「……逃げ出そうとする者は容赦なく切り捨てよ、との事で」


 報告する者の声もやや冷静さを欠いていた。頭領は唇を咬んだ。


「どれだけの者が残っているのか」

「主に女子どもで。御夫人方だけならともかくも、ただの下働きの姉さん達まで閉じこめられてますわ」


 それはまずい、と頭領は言った。


「自分の責任を自分で取るのはよかろう。だが何故そこに何の力もない者まで巻き込むのだ!」


 まあそれは感情であったろう。だが、その一族郎党を全て殺してしまうより、生かした方が後々の為になることは頭領も嘉勝もよく知っていた。


「何とかして外へ出してやることはできないだろうか」


 頭領は近くに居た嘉勝の方を見やった。

 既にあちらこちらに火が掛けられている。このままでは城自体が巨大な棺桶となりかねない。


「別にあの親父が勝手に自分で滅びるのは構わないが…… 確かにそれではな」


 どうしたものか、と彼は考えた。

 これで最後だ、と考えるのは彼も同様だった。正直言って、そのまま中の者を出さずにただ燃え尽きるのを待っても勝敗は決する。いや、既に決していると言ってもいい。

 だからここで頭領が彼に訊ねているのは、戦そのものではない。勝った後に関わることだった。

 女子供まで見殺しにするような国主についてくるだろうか。

 阪島の人間はどうか嘉勝はしらない。だが桜野の人間は。

 無理だろう。嘉勝は思う。自分の気性とよく似た、あの国の民は、そこまでして勝利を求める国主を認めない。

 それはまずい、彼は思った。 

 これで最後だ、という言葉が再び彼の頭をよぎった。


「頭領」

「何だ」

「どのような方法を使ってもよいか」

「方策があるのか」

「無くはない。だが人数が多くない方がいい。……別に俺一人でもよいのだが」


 ふらりと嘉勝は自分の後ろを向く。一人では行かせない、と言いたげに、ほとんどにらみつけているような顔がそこには二つあった。


「まあこ奴らを連れていく。三人でよい。何しろこ奴ら無傷で」

「……それはこ奴らが手だれであるからだろう? あんたには勝算はあるのか」

「無くはない。だが完全にとは言えぬ。八割がた成功すればまあよしとしてくれ。最悪の場合も一応」


 頭領は少し考え込んでいたが、やがてゆっくりとうなづいた。


「正直言って俺はこの中へあんたを送り出したくはない」

「頭領」

「もう勝敗は決している。だが危険だ。危険なことは、今までの戦と何ら変わらない。しかも少ない人数でとあんたは言う」

「あまり人手があっても変わりはしない」

「そういうことではない」


 頭領は嘉勝の肩に手を置く。


「あんたはいつも実によくやってくれた。いつか俺はあんたに何らかの形でそれを返したい。判るか?俺はあんた自身に返したいのだ」

「では返せばいい。だが別にそれは俺自身である必要など何処にもない」 


 嘉勝はあっさりと言う。


「俺が貴君に返してもらいたいものは、……貴君にはもうよく判っている筈だ。そしてその本当の受け手が誰であるかも」


 腹心の二人は、時々彼らを襲う不安がまたそろりそろりと手を伸ばし始めているのを感じていた。


「これで最後だ」


 嘉勝は飾り紐を引きずり出した。そして首から外すと、長らく解いていなかった結び目を解き、三つの珠を懐へ入れた。彼はしばらく珠を外した紐を眺めていたが、ふとそれを頭領の前に差し出した。


「まあ別に何ごともないとは俺も思うが…… 持っていてくれ」

「俺はあんたに返したいのだぞ!」

「それはようく判っている」


 そして嘉勝は飛び出した。慌てて二人の腹心も飛び出した。

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